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2-11 入宮前夜
エナリーナがニアと共に使うテントへと戻ってきたのは、明け方近くだった。
エナリーナが、ダフネに連れていかれ、マートがダフネに言い付けられ持ってきた食事を、産褥の疲れを押しながら、独りで食べた後。
(意外にダフネが用意する食事は、良い物だから、只の娼婦頭ではないのかもしれない。)
品数こそ少ないが、味付けがエンルーダ城や、他国の王族も留学を受け入れていた貴族学園で出された食事に劣らない事に、ニアは細やかに驚いた。
(何より、乳が良く出る食事な気がする。)
授乳への体質変化だけではなく、胸が大きくなる様な食べ物が選ばれている事に、ニアも最近気が付いたのだ。
まだ名も無き赤子にニアの乳を含ませたまま、ダフネの素性を考えながら微睡む内に、何時の間にか眠ってしまっであろう数時間。
『バサバサ、、』
テントが、明け方の風で震えたと同時に、エナリーナが幕布を押し上げ、風を引き連れて入って来た事に、ニアは気が付いた。
「エナリーナ。」
ニアがテントの中を灯す、ランプを手にして目を凝らす。明け方のテントは未だ暗い。
エナリーナは、身体に織り布を巻き付け、幕布の前に佇んでいた。時折、まだ暗い外を駆け巡る朝風が、テントを殊の外揺らす。
「、、ニア。起こしてしまったのね、、悪いのだけれど、こっちに明かりを向けないでもらえると、有難いのだけれど、、」
幕布の内側から、エナリーナの細い声が聞こえた。出て行った時とは様子が違うとニアは思った。
「どうしたの?もしかしてランダに酷い事をされて、、」
「違う!、あ、でも、、出来るならニアは向こうで赤ちゃんに御乳をあげておいて。」
ニアはエナリーナの言葉に、慌ててランプを足元に置きつつ、仄暗いテントで背中を向けるエナリーナから、赤子に視線を投げて、答えた。
「赤ちゃんは、まだ良く寝ているのわよ?それより、エナリーナ、やっぱり何かあったのじゃないの!」
再びニアがエナリーナに寄ろうとする。
エナリーナが一瞬足元をフラつかせ、ランプの影が大きく傾いたからだ。
同時に、一陣の風が幕布と一緒にエナリーナが巻き付ける織り布を、テントの中へと飛ばしてしまった。
折角エナリーナが隠していたであろう身体が、足元のランプの灯りで浮かび上がる。
「エナリーナ!!それ、、」
(身体中に、真っ赤な薔薇?が広がっている、、)
エナリーナが付ける服は、娼婦のキャラバンで過ごす女へ、ダフネが配る衣装だ。
柔らかく薄い布は、明らかに身体を覆うには少な過ぎる面積。
普段からエナリーナは、この装束を恥ずかしがっていて着るのは、ダフネに呼ばれた時だけだ。
「大丈夫よ、別に刺された跡ではないから、、それに、直ぐに跡を消す薬もあるのよ。」
巻き付けた織り布が無くなれば、エナリーナの肩や足は剥き出しになり、屈めば形の良い臀部さえも、まろび出てくる様な衣装なのだから。
エナリーナの真っ白な肢体は勿論、
薄布で隠れていはいるが、うっすらと透けて見える乙女の秘所辺りまで、びっしりと鬱血跡がある。
(所有跡ってことよね…それにしても、こんなに。)
かつて初めの前世で若い貴族子息と令嬢だった頃。
領地にある湖畔に2人きり、浮かべた舟の上でジョシューに首筋から胸元へと、寄せられた唇で肌を吸われ、幾つか付けられた事はあったが、比べ物にならない。
(こんなに、おびただしい跡をつけられるなんて。)
殊の外、エナリーナの膨よかな胸の双璧はもはや、花弁が重なり合い大輪の薔薇に見える。
女であるニアでさえ、友人の近くへ寄るなと、今此処に居ないはずのランダから威嚇されていると感じる程だ。
(かつての父親と母親達も、こんな風にしていたのかしら。)
閨教育など、淑女の嗜み程度だった数度の前世全部を引っ括め、自分の両親の熱量でさえ、ここまで有ったとは思えない。
(ああ、どの両親も仮面夫婦だったな。)
山の人の纏め役として対峙したランダの顔がニアの頭に浮かんだ。
「ランダが、相手だってマートが言っていたけれど。エナリーナ、身体が辛いんじゃない。」
自身の全身に咲く跡を恥ずかしそうにしながら、エナリーナがテントの中に置いている袋を頼り無げに探る姿を、ニアは眉を顰めながらも気遣う。
「、、もう、ドラバルーラに入るからって、今日は特にかも。でも、ちゃんと消すように、ダフネさんにも言われているから、、後ろに薬を掛けてもらっても、いい?」
「今日はって、何時もこんな扱い?それに、もしかして此の薬もエナリーナが作っているの?」
「ええ、他にも此のキャラバンで使う、専用の薬も頼まれている。でもハーレムに入ったら、今までみたいにダフネに気軽に渡せないから、、、ランダが取りにくるみたい。」
エナリーナに渡された小瓶から落とした薬が、白肌一面に広がる赤い花弁に染み渡ると、途端にエナリーナの元の肌へと戻っていく。
「ハーレムに入る女官は、検査があるから、、全部消さないと駄目らしいの。」
(だから、手を貸して欲しいって言ったのね。ランダだって、エナリーナが今日ハーレムに入るって知っていてよね。)
執拗に肌に残されているのは、見た目の花弁だけでは無く、エナリーナ本来の香りさえも、情事で放たれたランダの匂いでテントが咽る。
幸いにも、赤子は良く眠っていた。
「わかったわエナリーナ。後ろは責任を持って薬を掛けるから、安心して。」
マルフィナとして後宮に入った時の記憶を辿れば、確かに女官が相手ではあったが、身体中隈無く検査をされた。
「ごめんなさい、、、ニア。」
エナリーナの肌が、薬でなのか、辱めからなのか、それとも申し訳なさなのだろうか、ふるりと艶めき、湿り震える。
「いいの、だってエナリーナは赤ちゃんだって取り上げてくれたじゃない。お互い様でしょ?さ、恥ずかしいかもしれないけれど、足を開いて。」
妃として入宮する時とは多少違うとはいえ、ハーレムも似た段取りだろうとニアは予測する。
「うう、分かったわ、、」
実質的にエナリーナは腰も立たない状態なのだろうが、ニアはエナリーナの内股を開けさせた。
もしかしたら武器を隠している事を口実に、陰部も検査される恐れがある。
(閉鎖された場所で、悪戯に愛撫の跡を見せつけるのは、得手ではないから。)
人とは他人の幸福を妬む性分がある。
だからニアはエナリーナの臀部から秘書まで刻まれた、ランダの吸い付きの痕跡を丁寧に消していく。
(それでも、これだけ執着されるのって、どんな気持ちなのだろう、、)
貴族の情事もニアが知らないだけで、此処までの物なのだろうか。ましてはジョシューとは成人もしていない時の真似事だった。
「エナリーナ、薬は染みないの?」
「だ、大丈夫、、痛みとはわ、、ない、、だから早く、、ダフネさん、が来る、、」
明らかに陰部は桃色に腫れ上がり、ランダがエナリーナに何度も己を中に注ぎ込んだ事が、傍からのニアでも分かる。
(中も外も、支配するような情念。)
ハーレムに女官として入る、ニアとエナリーナ。
ニアは子連れでの入宮が許されていると、ダフネは言っていた。
(エナリーナの薬を、ランダがダフネに運ぶって、山の仕事はどうするつもりなのかしら。それに、、)
自分の手が届く範囲に、入念に薬を掛けるエナリーナの姿を見て、ニアは溜息を付く。
(其の度に、エナリーナが此の状態になるのは明らかでしょ!)
ランダが付けた情愛を、赤子が眠る傍らで全て消し去ったのは、日が登った時間。
マートがダフネから言い付けられて、食事を持って来る直前だった。
隣国の宮殿がある巨大オアシス、ドラバルーラは
もう目の前。
暗い内にテントを張ったニアとエナリーナは、日が照らすドラバルーラを目のして驚くのだ。
隣国ドラバルーラは、砂漠の真ん中に奇跡的に出来た、巨大な紺碧湖を中心に形成される国家。
まるで黄金の砂に隠された、蒼き宝石の如く都だと。
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