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エピローグ
「先刻みんなの前で歌った時、何か“自分”って云う存在が失くなったような気がしたんだ。何もかも忘れて、歌う事だけに集中してた」
米倉と大沢とは部室で別れを告げ、佐藤と黒崎は二年生校舎の屋上へとやってきていた。
今は午後八時を少し回った頃。
空は真っ黒なベールを纏い、数え切れない程の星たちがその上に散りばめられていた。
佐藤と黒崎は大の字になって寝転がり、互いに空を仰ぎながら会話を交わしていた。
「確かに、歌ってる時の黒崎……何にも見えてなかったよな。ちょっと嫉妬するくらい」
「はぁ? 何云ってンだよ」
大げさなほどに大きなため息をつく佐藤に、黒崎はそう云って鼻で笑った。
「……オレさ、やっぱ黒崎と一緒にいると“純粋”でいられるような気がするんだよね」
「はぁ?」
「だから、多分オレと一緒にいる時、黒崎もオレと同じように“純粋”でいられるんだよ」
「何、わけの分かんねー事云ってンだよ」
黒崎の嘲るかのような言葉に、佐藤も「そうだね」とクスクス笑う。
「キモチわりーやつ……ッ!?」
言葉を遮るようにして、黒崎の視界を埋め尽くした赤茶色。佐藤の髪の色。佐藤は黒崎の上へと覆い被さる。
「な、なんだよ……ッ!?」
そして黒崎の視界いっぱいに佐藤の顔がおりてきたかと思うや、柔らかな感触と共に塞がれた黒崎の唇。
唇を離した佐藤は、意味深な笑みを浮かべてその口を開く。
「音楽……やっていこうな」
「勘違いすんなよ?」
佐藤の言葉に、黒崎はそう云って自分の上にあった佐藤の体を押し退けた。佐藤は頭上に「?」マークを浮かべていた。
そしてゆっくりと上体を起こした黒崎は、佐藤を振り返りながら口角を上げて口を開いた。
「アンタがオレを選んだんじゃない。オレが、アンタを選んだんだ」
黒崎の言葉に、佐藤は満足そうに笑みを浮かべた。
FIN.
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