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「なぁ、まだ学祭の新曲……出来てへんのか?」
「う、ん……まだ」
「これはちゃうんか?」
大沢は、佐藤の斜め前に立っていたスコアスタンドの上に置かれていたスコアを手を伸ばし取り上げる。それは、昨日米倉が見ていたのと同一のものだった。昨日より少々手が加えれてはいたが。
「あぁ、それは違うんだ。昨日信ちゃんにも見てもらったけど、大沢くんの声のイメージで作った曲じゃないから」
「オレの声……?」
大沢はゆっくりと喉に手を当てると、アカペラで去年の学祭で披露したオリジナル曲を歌いだした。完璧に歌い慣らされた曲。それはもちろん米倉が作ったものだった。
目を閉じ、去年の学祭の風景を思い出しているのか、大沢はどんどん曲にはまり込んでゆく。もう大沢の中ではこの部室の風景はなくなってしまっているのだろう。あるのは、歌う自分の姿だけ。
こういう時、佐藤は大沢の才能の凄さに思わず引き込まれそうになる。歌っているときは自分が一番と絶対の自信を持っている大沢に、佐藤はある種の尊敬と羨望を持たずにはいられなかった。
佐藤の中で、音楽に対する情熱は誰にも負けない自信はあった。もちろん米倉にも大沢にも、他のどのミュージシャンにも。だけど、米倉や大沢の才能の凄さに、佐藤は一抹の不安を感じずにはいられなかったのだ。米倉や大沢からすれば、佐藤の才能もまた個性的で凄いらしいのだが……
「……サトやん?」
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