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「べ、別に……オレ、そう云うつもりじゃないから!」
彼は早口で一気にそう捲し立てると、足早にその場から立ち去って行った。
「……何や、アイツ?」
大沢は首を傾げながらそう云ってドアを閉めた。その言葉は独り言か、はたまた佐藤に向けられたものか……それは本人以外には分からなかった。しかし、例え佐藤に向けられた言葉だったとしても、今の佐藤には答えられなかっただろう。なぜなら、佐藤は大沢の言葉も耳に届かないほど、立ち去って行ってしまった彼の事を考えていたからだ。
「どうした、サトやん? おい! 聞いてんのか!」
自分の呼びかけに全く反応しない佐藤に、大沢はツカツカと佐藤の傍に歩み寄ると彼の耳を引っ張って大声で怒鳴り散らした。
「っ!?……な、何?」
耳を引っ張られた事と、大沢の声の大きさにびっくりしたのもあるが、それより何より佐藤はなぜ自分があの青年の事を気にしてしまっているのかが不思議でたまらないようだった。痛む耳を押さえ、耳鳴りが治まるのを待ちながら佐藤は自分の中での疑問を反芻していた。
「何? と、ちゃうわ! 何ボーッとしとんねん。やっぱアイツ知り合いやったとか?」
「いや、そうじゃない……けど……」
言葉を濁した佐藤だったが、大沢の「練習開始や」の言葉に気持ちを切り替える事にした。だけど、佐藤の心の中にある妙な引っ掛かりのせいで、この時の練習が最悪だった事は云わなくても分かるだろう……
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