58人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
麻由は、何も言えなかった。
怒りや悲しみで泣きそうになっている兄を前にして、ただ唇を噛むことしかできない。
そのまましばらく沈黙が続いた後で、麻由はぽつりと呟いた。
「これから、どうすればいいのかな?」
頭の中はぐちゃぐちゃだった。何もかもがわからなくなり、不安と絶望感だけが募っていく。
愛する夫が、他の女性と関係を持ってしまった。その上、相手の女を妊娠させてしまったかもしれないのだ。こんな残酷な現実を、どうやって受け止めればいいのだろうか。麻由は途方に暮れてしまっていた。
「あのさ、麻由」
不意に冬弥が口を開いた。その表情は真剣で、何かを決意した様子だった。
「また一緒に暮らさないか?」
「……え?」
突然の提案に、麻由は驚きの声を上げた。
「静流との婚約は解消する。もうあいつとの将来は考えられないよ。俺はこれ以上、お前が弱っていくのを見てはいられない」
冬弥の口調は穏やかだったけれど、どこか決意めいたものを秘めた響きがあった。
「それにお前だって、もうあんな家にいたくないだろ?」
優しい声で冬弥が問い掛けてくる。だが麻由は、兄の言葉に戸惑うばかりだった。
「離婚しろってこと?」
「そうだよ。もうあいつとは別れるべきだ」
「そん、な」
麻由は言葉を濁らせる。だが冬弥の口調は有無を言わせないものだった。
「いいか、智樹は間違いをおかした。これ以上あいつと一緒にいてもお前が不幸になるだけだ」
「でも」
「それに、ずっと前からお義母さんとの関係に悩んでいたんだろ? 子供ができないことを責められて、小さなことでも嫌味を言われて、お前も限界だったはずだ」
「確かに、そうだけど」
麻由は俯きがちに答える。
兄の言うように、麻由はずっと前から理沙子との関係に悩んできた。事あるごとに理沙子は麻由の至らぬ点を指摘してきて、ネチネチと小言をこぼしていた。
その度に麻由は辛くなり、自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう毎日を過ごしていた。
「それにあの人は、静流が何をしてもお前の味方をしてくれなかったんだろ。そんな家今すぐ離れた方がいい」
冬弥の言葉に、麻由は何も言い返すことができなくなってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!