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「確かに誘ったのは静流だったかもしれない。でも、智樹くんもそれに乗ったわけだろ?」
「それは、そうだけど」
「例え酒に酔っていたとしても……いや、そもそも酒に弱い自覚があるくせに、どうして静流と飲みに行くような真似をしたんだ」
冬弥の口調には、やはり静かな怒りが込められていた。普段温厚な兄がこんな風に怒るのは珍しいことで、麻由は戸惑ってしまう。
「智樹くんも、静流に対して少なからず気があったのかも」
「やめてよ!」
聞き捨てならない言葉に、麻由は思わず叫んでしまった。店内にいる他の客が迷惑そうにこちらを一瞥してくる。麻由は慌てて口をつぐみ、ぺこりと頭を下げて小さくなった。
「……あいつ、お前の不倫を疑ったんだろ。自分にも後ろめたいことがあったからそんな風に思ったんじゃないのか?」
冬弥はどこか責めるような口調で続ける。
――ここ最近あった出来事も、麻由は兄に話して聞かせていた。麻由が不倫していると言う噂が近所で広まっていることや、麻由の不倫を捏造した写真が送られてきて、それを見た理沙子に厳しく叱責されたこと。そして、家を飛び出して来たことと、その後の智樹とのやり取りも。
それらの話を聞いて、冬弥は智樹を好意的に見ることができなくなってしまったようだ。
「確かに、智樹さんに不倫を疑われたのは事実だよ。でもそれはあの写真が原因だから」
麻由は弱々しく反論する。
智樹はあれを見て動揺してしまっただけで、決して本心から浮気を疑ったわけではないはずだ。
だが冬弥は麻由の言葉に納得できないようだった。
「それでもあいつがお前の傷つけたのだって事実だろう」
麻由は口ごもってしまう。
冬弥はますます表情を険しくさせていくと、やがて苦々しげに呟いた。
「こんなことなら、お前をあんな奴と結婚させるんじゃなかったよ」
その言葉に、麻由の胸は締め付けられる。
「やめてよ、兄さん」
麻由は思わず強い口調で言い返すが、冬弥はなおも言葉を続けた。
「俺は本当に後悔してるんだよ。お前をあんな奴に嫁がせたこと。智樹くんならきっと、お前を幸せにしてくれると思ったのに」
冬弥の声は少し震えていて、まるで泣いているように聞こえた。
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