14 新しい命

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 兄が自分を想ってくれている気持ちは痛いほど伝わってくる。彼がここまではっきりと言ってくるのは、全て麻由の為だ。  それは理解できるのだが、それでも簡単に返事をすることはできない。  麻由が迷っていることを察したのか、冬弥はそっと麻由の手を取った。 「大丈夫だよ。後は兄さんに任せて、お前は安心して戻ってくればいい」  冬弥は麻由を安心させるかのように優しく語り掛けてくる。  確かにあの家から離れたいという気持ちはある。それは紛れもない事実なのだが、麻由の気持ちは定まらなかった。  智樹たちのことを思うと、胸が締め付けられるように苦しくなるのだ。 (なんか、気分が悪くなってきた)  麻由は額を押さえた。  頭の中が様々な考えで支配されて、目の前がぐるぐると回るようで気持ち悪い。考えなければならないことが山積みなのに、そのどれもがうまくまとまってはくれない。 「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」  冬弥は心配そうに麻由の顔を覗き込んでくる。 「ちょっと、疲れちゃったのかも」 「今日はこれくらいにしておこう。お前も色々とあって混乱しているだろうし、続きはまた今度な」 「うん……わかった」  麻由は弱々しく答えると、ゆっくりと立ち上がった。 「……そう言えば、お義母さんはどうしているんだ? あまり具合が良くないみたいだけど」  ふと思い出したように、冬弥が口を開いた。 「お義母さんは、ずっと部屋にこもりっきりだよ。智樹さんのしたことがよほどショックだったみたいで」 「へぇ、そうなのか」  麻由の言葉を聞いて、冬弥はどこか皮肉げな笑みを浮かべた。彼の表情に麻由はわずかばかりの違和感を覚える。 「どうしたの?」 「いや、気の毒だけど仕方がないと思っちゃってさ」 「仕方がないって、どういう意味?」 「……自分でも、意地の悪い考えだと思うけどさ。やっぱりお前を苦しめていた人だから、罰でも当たったんじゃないかって」 「ちょっと、やめてよ」  麻由は眉を寄せると、咎めるように言った。  兄の立場からしたら理沙子の言動に腹が立つのはわかる。だが姑のことをそんな風に言われるのは、さすがに心外だった。 「ごめん、余計なことを言ったな。とにかく今日はゆっくり休めよ」 「……うん。ありがとう、兄さん」  麻由は小さく返事をして、そのまま店を後にした。
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