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兄が自分を想ってくれている気持ちは痛いほど伝わってくる。彼がここまではっきりと言ってくるのは、全て麻由の為だ。
それは理解できるのだが、それでも簡単に返事をすることはできない。
麻由が迷っていることを察したのか、冬弥はそっと麻由の手を取った。
「大丈夫だよ。後は兄さんに任せて、お前は安心して戻ってくればいい」
冬弥は麻由を安心させるかのように優しく語り掛けてくる。
確かにあの家から離れたいという気持ちはある。それは紛れもない事実なのだが、麻由の気持ちは定まらなかった。
智樹たちのことを思うと、胸が締め付けられるように苦しくなるのだ。
(なんか、気分が悪くなってきた)
麻由は額を押さえた。
頭の中が様々な考えで支配されて、目の前がぐるぐると回るようで気持ち悪い。考えなければならないことが山積みなのに、そのどれもがうまくまとまってはくれない。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
冬弥は心配そうに麻由の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと、疲れちゃったのかも」
「今日はこれくらいにしておこう。お前も色々とあって混乱しているだろうし、続きはまた今度な」
「うん……わかった」
麻由は弱々しく答えると、ゆっくりと立ち上がった。
「……そう言えば、お義母さんはどうしているんだ? あまり具合が良くないみたいだけど」
ふと思い出したように、冬弥が口を開いた。
「お義母さんは、ずっと部屋にこもりっきりだよ。智樹さんのしたことがよほどショックだったみたいで」
「へぇ、そうなのか」
麻由の言葉を聞いて、冬弥はどこか皮肉げな笑みを浮かべた。彼の表情に麻由はわずかばかりの違和感を覚える。
「どうしたの?」
「いや、気の毒だけど仕方がないと思っちゃってさ」
「仕方がないって、どういう意味?」
「……自分でも、意地の悪い考えだと思うけどさ。やっぱりお前を苦しめていた人だから、罰でも当たったんじゃないかって」
「ちょっと、やめてよ」
麻由は眉を寄せると、咎めるように言った。
兄の立場からしたら理沙子の言動に腹が立つのはわかる。だが姑のことをそんな風に言われるのは、さすがに心外だった。
「ごめん、余計なことを言ったな。とにかく今日はゆっくり休めよ」
「……うん。ありがとう、兄さん」
麻由は小さく返事をして、そのまま店を後にした。
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