015/ジャッジよりもストレートに

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015/ジャッジよりもストレートに

ここ数日間ひたすらキーを叩いてた、ライター原稿の締切が見事に重なった週末。そんな中、気づいたらあの人が家の中にいた。ビックリして固まる俺に、玄関が開いていたから声をかけたんだが。すみませんこちらが悪いんです、いいから君は仕事を片付けなさい、キッチンに向かうあの人の背中に詫びた。すみませんその辺魔窟に…。 しばらくしてコーヒーの入ったマグカップを手に戻ってきた彼は、あの程度なら覚えのある惨状だ、そう言って俺のデスクにマグカップを置いた。すみません、俺の言葉に、俺の大好きな表情で少し笑って、ソファーに腰掛けベランダから空を眺めている。その仕事が終わったら俺と、その続きを聞きたくて耳を澄ませる。レイトショーでも観に行かないか、聞き終わる前に俺の両手は神速モードに。大丈夫です秒で終わらせます。いい顔つきだ、大きな手がふわっと頭に乗せられた。そっからが記憶にない。そして気づいたらデラックスペアシートに座ってた。 配信のご時世、それでも彼は映画館を好む。すみません俺どうやってここに、アップロード後に放心状態だった君をそのまま連れてきたからな、そういえばいつも着ないような服。そうか彼のセレクトか。フーディにグレンチェックのパンツ、俺こんなの持ってたっけ、覚えがない。着替えさせてくれたらしい事も。聞きたいことが山ほどあるのに、館内が暗くなり、辺りはスクリーンの光だけが満ちる世界になった。 その後、夕方から朝までやってるという会員制の鮨屋に。歳を重ねてはいるけど短く刈り込んだ坊主頭のせいか隠しきれない美形の大将と、若いけど寡黙で黒髪をぴっちり一纏めに括った美形の職人さん(美形しか言ってない俺)と俺らだけ。回らない値札もない緊張する。大丈夫だ好きなだけ食べるといい、俺のテンパリは彼にはお見通しだった。寿司も全然詳しくないからウニとネギトロくらいしか思いつかない。でも時折彼が、お勧めだと言って謎の高級なのを頼んでくれる。クロマグロのホホ肉、ほらなんて謎な。もはや美味しいとしか言葉が出ない寿司を食べながら、さっき観た映画の話に。 フランス映画は結末が曖昧だなと思っていたけど、それだけ想像の余地をくれているということだな、彼は少し遠くを見ながら呟いた。白黒つけない、それぞれの想像におまかせする、あの国らしい持っていき方。そういう解釈もあるんだな。そういえばイカもタコも同じくらい美味しいですよね、俺の力説に大きな目を瞬かせ、次の瞬間ふわりと表情が綻んだ。笑ってる。なんかウケた。大将も職人さんにもウケた。君の一手先はなかなか読めないな、熱すぎな熱燗を注いでくれるすらりとした指先、俺はどうしても邪な目で見てしまう、ダメ人間だから嫌われたらどうしようと毎回悩む、それでもあなたとこうしていたい。 こんなふうにひたすら空回りする俺を嗜めながら、彼は黙って受け入れてくれる。繋がらなくても触れ合うだけで十分、そんな間柄も全然あっていい、まるであの映画のように。俺たちには何のジャッジも存在しない。 隣にいるのにカウンターの下でこっそりメッセージを送る。大好きです白河さん、そこは夏己と呼んでくれ。堪らない。 

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 佐久イヌ140の日常 
342-349まとめ 加筆修正 
2024.9.15
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