016/甘く柔いこの夜に

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016/甘く柔いこの夜に

ふと目を覚ますと、隣で寝てたはずの伊達さんがいなくなってる。水を飲みにキッチンに向かうと、リビングのテレビが点いてる。何か面白いのやってますか?声をかけると、そうなんよ忘れてたあ、手にした缶チューハイを振ってみせる。おかわりですね御意、冷蔵庫から数本取り出して、おつまみも一緒に。おいで一緒に見よ?ソファーに持たれてラグに座ってる伊達さんが、隣をぽんぽんと叩いた。 オレにとっては初見の映画。あーそうよねわかるう、時々小さな声で呟いては、隣に座ったオレに凭れ掛かってため息をつく。オレにはコメディに見えるんですが。あア、どっちも正解だろうね、伊達さんのそのもう片方が知りたいと思ってなんとか違う視点で見ようとしたが爆笑しすぎてどうにもならなかった。コメディ、これコメディですよ。 何でも、どんな事でも、オレはこの人を知りたい。出会った頃から今に至るまで、この人の事を未だ掴みきれないでいる。心の奥底の漣を感じてみたい、そして同じものを分かち合いたい。テレビの画面を見て伊達さんが笑う。監督さんのこういうのがイイんよね。伊達さんはこの監督さんが好きなんですか、その時々よお、俳優さんだったり監督さんだったりね、何となくシンクロするていうかね。伊達さんは人の気持ちを汲み取るのは上手いけれど、その逆はどうだろう。オレのまだ知らないあんたを、暴いたりせずにそっと覗かせてくれたら。お前まーた何か難しい事考えてんでしょお、いつのまにか目の前に伊達さんの顔。至近距離で鼻突き合わせて。ピントの合わない近さでもオレはこの人のこと全部知ってると思いたい、知っていたい。その願いは果たして叶えられて、チューハイの冷たくて甘い味と一緒にぬるい温かみをひたすら味わう。諭すように、宥めるように。お前の知らないことなんてないからね、転がってく小さな声が俺の耳を擽る。 いつのまにか映画はエンドロール、画面を見ないで器用にリモコンを操る手。次はこの新作見ようか、抱き合ったオレの背中をぽんぽん、お前こういうの好きだったよね、オレの見たかった配信。伊達さんをほぼダッコ状態で、さっきよりもっと距離を詰めて画面を見る。体温が、心音が、全部シンクロしている。体温が、微かなバスソルトの香りが、オレの思考を滞らせる。いま目の前にあることといまこの腕の中にあるものが一致せず、作り物の映像が視界を上滑りしていく。おま映画はいいのお?伊達さんののんびりした声に、ていうか映画とかそんな場合じゃないっていうか、上がっていく呼吸が吸い込まれていく。なのに伊達さんは動じることなく、缶おかわり欲しいん、オレは臨戦態勢のオノレを抱えたままキッチンに立つ。角度的に足元見えないんすけど。 ただあのまま雪崩れ込むには何かが足りなかった。伊達さんの表情にゴーサインが出てなかった。ゴーサインて。自分でゆってて訳わかんないけど「まだ」てことだ。チューハイ手にリビングに戻ると伊達さんがいない。するとルーフバルコニーに面する窓、カーテンが少し開いてる。窓から覗くと素足にサンダルひっかけた伊達さんが空を仰いでる。オレに気付いて手招き。そういや日食だか月食じゃなかったっけ?それはこないだですね。そうなん?見れなかったねえ。てか日やら月やらよりオレを食っ…言い終わる前に金的が軽く入った。ジャストミートですね今ちょっと膨張気味でイタタタ、懐かしいの知ってんねお前、前屈みのまま伊達さんに掴まって家の中へ。 ソファーに座った伊達さんの足に触れると冷たい。裸足は良くないから、その辺にあったふかふかソックスを伊達さんに装着。オレらに対しては気遣いハンパないけど自身には無頓着だ。こことあと平屋の家の中、そこかしこに靴下やらブランケットが一見無造作に置いてあるのは、この人を守るためだ。寒かったら寒いままで寝てたりする、そういう癖をオレと雲母さんでフォローする。ご自愛ください、そんな言葉を思い出した。更に上着も追加。流石にもう暑いよう、それでも大人しくされるがままの伊達さんは缶チューハイを開ける。俺のことは2人にお任せだから安心安心。盾を持たない勇者のようなスタンスは伊達さんだからこそ似合うのかもしれない。このまま夜明かしコースかな、そんな事を思いつつその柔らかい頬を撫でる。 胸の奥の甘い痛みを握りつぶせず持て余しながら。 

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 佐久イヌ140の日常 
351-362まとめ 加筆修正
 2024.9.17
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