永遠の憂鬱

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 思わずツッコミを入れてしまった。ハッとしたが、古川はにこにこ笑っている。何というか、つかみどころのない男だ。助かったけれど、芸術家というのは皆こんな感じなのだろうか。 「あ、ちょっとすみません」  古川が真顔になり、スマホを耳に当てて席を立った。聞かれたくない電話なのだろう。女かな、と思った俺は目で了承し、店を出ていく彼の背中を見送った。  絵師は繊細な人が多いから、発言には気をつけろよ。上司にはそう言われたが、古川はそちら側の人間ではないらしい。あの様子なら、新作イラスト独占掲載の依頼も快く受けてくれそうではないか。   コーヒーを飲み干し、おかわりを頼もうか迷いながらカウンターの方を見る。すると熊のような店主と一瞬目が合い、向こうが視線をそらした。が、彼はその後もちらちらと、遠慮がちにこちらの様子を伺っている。   もしかしたら、無銭飲食を疑われているのかもしれない。古川が店外にいる今、例えば俺が彼を呼びにいくふりで店を出れば、食い逃げならぬ飲み逃げすることは簡単だ。千円ちょっとの代金だが、流行ってもいない小さな店には痛手だろう。
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