3人が本棚に入れています
本棚に追加
「よろしくお願い、します」
ほとんどを家族に書いてもらって、きれいに整頓された書類のまとまりを、オレはほとんど動かさないようにしてマネージャーに手渡した。
再度面接のような空気を醸し出す彼は、真剣に各所の抜け漏れを確認している様子で、時折いったん避けた書類との整合性を確かめるために、何度か紙を見直していた。
「イズミさん」
「はい」
「ご家族にもご了承いただけたということで……私個人としても非常にありがたく思います」
「そうですか」
「ええ、実際戻る方は少ないので」
そんな事を言っているが、オレがお願いしますと頭を下げたときも、書類を受け取ってもらったときも、マネージャーさんは平然としていた。
オレがどっちの答えを持って帰っても、きっと変わらなかったのだろう。
だけれど、言葉の端々の雰囲気がちょっとだけ、優しく見えるように思う。気のせいでなければいいが、とは思う。
「では、改めて、よろしくお願いいたします。イズミさん」
「……はい!」
出すべき書類と、受け取る書類。いるいらないを分けきってもらったとしても、それなりの量の紙束が手元にあった。
ひとつずつあれは、これで、と説明を足しながら、マネージャーさんはつらつらと業務的に話してくれる。
その中でひとつ、これだけは、と言われたので、じっとそれを眺めていた。
「このスケジュール表は無くさないように。寮に入る日取りが確定したらご連絡ください。その日に、監督と、それからあなたのサポートにつく選手をお伝えします」
てっきり、マネージャーさんが最後までついてくれるのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
たしかに、まあ、チームとしてのあれそれを統括しているのなら、そういうことになるだろう。
少しの時間であったが、彼と話すことにも慣れてきたのに、と思ったところだった。
だが。
彼はサポートにつく〝選手〟と言った。
普通マネージャーさんとか、そういう役割のひとがつくものではないのだろうか、と思ったけれど、オレが聞いた言葉はそれとは違うように聞こえた。
「サポー……ト?」
明らかに疑問符を浮かべているオレに対して、このひとは表情を変えなかった。
手慣れた対応をしているあたり、皆に言われ続けていることなのだろう。
「追々、わかることです。では、後ほど」
「え……」
「ああ、忘れていました」
戸惑うオレのことを見てくれているのかいないのか、マネージャーさんは、少しだけ微笑み、言った。
「一応私の口からもお伝えしておきます」
一応?
これ以上なにか伝えられることがあるのだろうか。
立ち止まったオレを見て、マネージャーさんはほっとしたような様子だった。
「……?」
正直これ以上書類が増えても覚えきれる自信はないのだが、と思ったところだった。
でも、彼の手は鞄ではなく、両脇にそのまま置かれているだけだった。
試合じゃない時に、正面からじ、と見られているのは、わりと苦手かもしれない。
衝動的に逃げ出したくなる感じがするのは、気質だけではないように思う。
「少々、失礼」
「はあ……」
あと少し時間を、なんてなんだか仰々しいなと思ったけれど。
彼はつば付きの帽子を脱ぎ去ったあとのように、髪の毛をぐしゃぐしゃと散らして、後ろになでつけた。
見えなかったものが、見える。
瞳から上、額の辺りの凹凸が、わかる。
見た目から、ひとではないと察してはいたが、その仕草の意図を、オレはなんとなく理解した。
自分が唾を飲み込んだ音が、部屋中に響いたような、そんな感覚もあった。
額をしっかりとあらわにした彼は、じっとこちらを見据えて、言う。
「ようこそ、我が〝群れ〟へ」
この人も、プレーヤーだったのだろうか。それとも、彼らと同じように、という意思の表れか。
額に輝くツノの根は、選手ら同様、美しく磨かれていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!