憧れと葛藤

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「よろしくお願い、します」  ほとんどを家族に書いてもらって、きれいに整頓された書類のまとまりを、オレはほとんど動かさないようにしてマネージャーに手渡した。  再度面接のような空気を醸し出す彼は、真剣に各所の抜け漏れを確認している様子で、時折いったん避けた書類との整合性を確かめるために、何度か紙を見直していた。 「イズミさん」 「はい」 「ご家族にもご了承いただけたということで……私個人としても非常にありがたく思います」 「そうですか」 「ええ、実際戻る方は少ないので」  そんな事を言っているが、オレがお願いしますと頭を下げたときも、書類を受け取ってもらったときも、マネージャーさんは平然としていた。  オレがどっちの答えを持って帰っても、きっと変わらなかったのだろう。  だけれど、言葉の端々の雰囲気がちょっとだけ、優しく見えるように思う。気のせいでなければいいが、とは思う。 「では、改めて、よろしくお願いいたします。イズミさん」 「……はい!」  出すべき書類と、受け取る書類。いるいらないを分けきってもらったとしても、それなりの量の紙束が手元にあった。  ひとつずつあれは、これで、と説明を足しながら、マネージャーさんはつらつらと業務的に話してくれる。  その中でひとつ、これだけは、と言われたので、じっとそれを眺めていた。 「このスケジュール表は無くさないように。寮に入る日取りが確定したらご連絡ください。その日に、監督と、それからあなたのサポートにつく選手をお伝えします」  てっきり、マネージャーさんが最後までついてくれるのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。  たしかに、まあ、チームとしてのあれそれを統括しているのなら、そういうことになるだろう。  少しの時間であったが、彼と話すことにも慣れてきたのに、と思ったところだった。  だが。  彼はサポートにつく〝選手〟と言った。  普通マネージャーさんとか、そういう役割のひとがつくものではないのだろうか、と思ったけれど、オレが聞いた言葉はそれとは違うように聞こえた。 「サポー……ト?」  明らかに疑問符を浮かべているオレに対して、このひとは表情を変えなかった。  手慣れた対応をしているあたり、皆に言われ続けていることなのだろう。 「追々、わかることです。では、後ほど」 「え……」 「ああ、忘れていました」  戸惑うオレのことを見てくれているのかいないのか、マネージャーさんは、少しだけ微笑み、言った。 「一応私の口からもお伝えしておきます」  一応?  これ以上なにか伝えられることがあるのだろうか。  立ち止まったオレを見て、マネージャーさんはほっとしたような様子だった。 「……?」  正直これ以上書類が増えても覚えきれる自信はないのだが、と思ったところだった。  でも、彼の手は鞄ではなく、両脇にそのまま置かれているだけだった。  試合じゃない時に、正面からじ、と見られているのは、わりと苦手かもしれない。  衝動的に逃げ出したくなる感じがするのは、気質だけではないように思う。 「少々、失礼」 「はあ……」  あと少し時間を、なんてなんだか仰々しいなと思ったけれど。  彼はつば付きの帽子を脱ぎ去ったあとのように、髪の毛をぐしゃぐしゃと散らして、後ろになでつけた。  見えなかったものが、見える。  瞳から上、額の辺りの凹凸が、わかる。  見た目から、ひとではないと察してはいたが、その仕草の意図を、オレはなんとなく理解した。  自分が唾を飲み込んだ音が、部屋中に響いたような、そんな感覚もあった。  額をしっかりとあらわにした彼は、じっとこちらを見据えて、言う。 「ようこそ、我が〝群れ〟へ」  この人も、プレーヤーだったのだろうか。それとも、彼らと同じように、という意思の表れか。  額に輝くツノの根は、選手ら同様、美しく磨かれていたのだった。
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