郷に入り

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郷に入り

 しばらくして、書類の束の第二陣を持ってきたマネージャーさんが、改めてと尋ねてくる。 「よろしいんですね」  何度聞かれても、もう答えは一緒だ。 「はい。ここにお世話になります」  同意書に署名捺印などをしながら、彼の指示や説明を聞く。  よどみなくすらすらと告げられる内容は、とにかく辛辣だった。 「ポジションはリベロ……と言いたいところですが、まずは下積み。ポジションとしての登録はありません。プロを見て、よりよいプレーを学んでください」 「はい」 「本人の希望ポジションと、実際の状態、チーム運営により変わります。もちろん身体能力あってのことですので、それらを加味した上で最終的に、ベンチ入りの段階でポジションは決定します」  彼はつらつらと続ける。否定の言葉のように聞こえたが、本当に事実を淡々と、という形らしい。  わからないけれど、たぶん、そういう部分でも重宝されたからこうしてこのチームにいるのだろうとオレは思った。 「あと、先日お伝えしたようにサポート制度……うちはファミリー制という名前でやっておりまして」 「ふぁみりー……」  聞きなじみのない単語に、ぽろっと零した自分を見ても、マネージャーさんは淡々としていた。その分、自分の語彙力のなさからくる羞恥心にさいなまれたのだけれど。 「新人に、親、兄というグループを組み、四人一組で宿舎に入ってもらいます」 「おお」  なんだか学生の寮生活とそれほど変わりないのかも、とちょっとワクワクしてきた。  が、完全に業務連絡スタイルを崩さないマネージャーさんは辛辣だ。 「まあ、円滑に連携するための小グループと思ってもらったらいいです。基本的なことは兄に当たるものから、親はそれを観察し必要があれば指摘。または相談、といった形です。とはいえ、本気の家族ではないのでご安心を」 「はい」 「覚えのいい方でしたら、一年あれば親離れも兄離れもできます。彼らがあなたを一人前と認めるか、このチームを去るか、ですが」  実際、我々の中で本気の家族を作ろうとするなら、嫁が何人いても足りませんからね。  彼は事もなげにそう言ったが、いろいろ、考えてしまうことがある。  まあ、つまり。  じ、とマネージャーさんを見る。  一般的な恋愛は諦めてください、というのと同義なのだろう。  そういう形で本当の意味での家族や番はあてがわれることはないということ。ますます、一般的な番う話とは縁遠くなるんだなと、察した。  そりゃあ、この時点で逃げたくなるひともいるよなあ、となんとなく納得した。再三再四、いいんですね、と言われている理由も。 「あなたの兄は二年前に加入したオオヌマさん、ポジションはミドルブロッカー。彼は今年からレギュラー入り予定です」 「おお!」 「親にあたるのは、セッターのヨシダさんと、アウトサイドヒッターのトヨカワさん。トヨカワさんはおそらく同郷だと思いますよ」 「……へ」  ヨシダさんがついてくれる、というのも勿論うれしい誤算だが、同じエリアに住んでいたひとでバレーをやっているトヨカワさんなんていたかなと首をかしげた。  その仕草に、マネージャーさんは淡々と説明する。 「あの地区で、元々別のスポーツをやっておられた方、とは聞いています。同郷とはいえ、他ジャンルからスカウトされたレアケースです。セッターは……まあご存知でしょうね」 「はい!」  そりゃあもう、と言いたげな二文字にそれ以上何も言われないことに安心していたが、どうやら彼の意図していたことは違うらしい。 「志望動機に所属の選手名を書かれている方は珍しくないですが、今回のように希望の選手とファミリーになることは稀です。我々のローテーションの都合です。つまり、イズミさんが特別選ばれた、というわけではないです。これははっきり言っておきますね」 「は、い」  単なるラッキー、ということだろう。  釘がしっかりと胸に刺さりました、と追い打ちをかけられた気分だ。 「憧れ程度に留め置くほうが、よほど幸せだと私は思うのですがね」 「……はい?」  何やら不穏な言葉が聞こえた気もするが、聞き返したところでレスポンスはなかった。普通に、悲しそうな顔をするものだからそれ以上を聞けなかったというのもある。  そうそう、と話を切り替えるようにマネージャーさんは言った。 「くれぐれも番関係は注意してください。いくらツノなしとはいえ、間違ってもチームメイトの番さまと、なんてことがあったら即除籍です。いろいろな世界から、というのは、まあ覚えておいた方がいいでしょう」  こちらでは特に関与しませんが、よほどのことで退団していただいた事例も、ないわけではないので。  ずしずしと、一体どれだけの重りを加えていけば気が済むのだろう。  文句を言おうとしたオレに、視線だけでじと、と肉食獣みたいな目でにらまれてしまった。 「……っ」  分かっていただければそれでいいんです、とマネージャーさんは呟いた。分かってなかったひとたちが多かったのかもしれない。それほどスキャンダルなどには興味がなくて知らなかっただけなのか、表沙汰にならなかっただけなのかは、わからないけれど。 「また、ツノを落とす日は成人式のような形です。決まった形式で執り行いますので、ご自身でカットする必要はありません。専門業者を調整中ですので追ってご報告します」 「……え、っと。あ、はい。わかりました」 「ちなみに、事前の問診次第ではきちんと麻酔もしますのでご安心を」 「は、はい」  そう言われて、安心できるわけがない。  いつ来るかわからない、恐怖の一日を待つというだけで胃がキリキリしてくるというのに。 「これから」 「……?」 「いえ、なんでも」  それ以上マネージャーさんは何も言ってくれなかった。  言わなくていいようにしてくれたのか。それとも、他にも言えないような事例があったのか。  オレは、一応、忘れておくことにした。  たぶん大人としてそれが一番いい対応なのだ。きっと、うん。 「では、また」 「はい」  放り出された自分を守ってくれる場所なんてない。  世界ははみ出し者にやさしくない。  だって、置いていかれたものを助けようとしたって、自分が巻き込まれるだけじゃないか。  みんなそうやって、生きてる。  生きるために必死だ。  目の前から消えた紙束の分だけ、これから先の重さを感じる。  自分の意志で群れから離れて、新しい場所をさまようという意味を、あらためて実感したのだった。
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