憧れと葛藤

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憧れと葛藤

 スポーツ選手になるのは、普通に仕事をするのとは全く違うのだと、よくオトナは言っていた。 「では、イズミさん」 「はい!」  ヒト世界のように、見た目や能力がわかりにくいものではなく、圧倒的に不利になるからだと、そう教わってきた。  折に触れ、どうしてもやりたいのなら止めないけれど、と再三言われていたことを理解するまでに、どれだけ時間がかかっただろう。 「契約書にも書いている通り、成人しているものに関してはツノを落とします」  目の前のマネージャーから、その一言を、直接聞くまでは。 「……え」 「皆さん驚かれますが、テレビ等でご覧になる選手達は皆、シーズンに入る際、それぞれツノを落としています」  見てわかると思いますが、と簡潔にその人は言った。  確かに、秋口の婚活シーズン真っ盛りに始まる試合で見る選手たちは、男性スポーツだというのに、見栄えのするツノは一切生えていないように見えた。  そういう薬かなにかを飲んでいるのかと思ったけど、どうやら、本気で切り落としているらしい。 「は、あ」 「生育が早いものだと、シーズン中にある程度の長さになるものも居るので、その場合は、何度かに分けて落とします」 「なんで、そんな」 「決まりです」  なおも義務的に話すマネージャーをみて、オレは動揺した。  むしろ、動揺するのが当たり前だろうとでも言うように、淡々と、粛々と説明は続いていく。 「我々のツノが驚異であるように、他のチームでは牙や爪、蹄に至るまで落とします」 「……っ」 「あくまで、フェアプレーのために、です」  個々人の意思がどうとか、では残念ながらないのです。  ツノがないから、プレーしてもよい、というのはどうなんだろう。だって、これもやっと生えてきたところなのに、と思わずツノに、手を伸ばした。  特段咎められもしなかったが、その人は少しだけオレから目線をそらして、言った。 「ネット越しに戦うものばかりが認可されているのは、それが理由なのですよ」  確かにプロスポーツはだいたい球技で、いわゆるヒト達がやるコンタクトスポーツはあまり……というかテレビの中だけでも見たことがない。  ドラマなんかだとだいたい血なまぐさい世界で、なんだか格闘技みたいだと思ったこともある。  ああ、つまりそういうことなのだ、と思った。  普通にスポーツをするよりも、危険。生命の危機。  ぞっとした瞬間を見られたのか、はあ、とため息をついてマネージャーは続ける。 「故に、我々は、試合を見ている方も含めた安全のためツノを落とします。こちらはお返しすることもあれば、選手グッズとして市場に出回ることもあります。これも契約で決められています」  グッズ、と聞いて思い当たるものがある。  バッグのインナーポケットにしまい込んでいる、お守りと一緒にくくっているもの。選手のネームタグ。 「じゃあ、昔、あの、タグみたいなので、掘って、なんかこう……バーニングっぽい加工をしてたのって」  当時の背番号の20番。旧ロゴのチーム名。  そして、今、このチームにもいるベテラン選手の名前が、彫られている。 「選手名を入れたもので、明らかにツノであれば、本人のものだと思います。他人の作った複製品でなければ、ですが」 「あ、それならたぶん、大丈夫……ですかね。遠征で地方に回ってくれたときに、現地で親に買ってもらったんで」 「……なによりです」  当時から限定販売だったもので、今フリマサイトなんかに出したら破格の値段がつくことだろう。  たまたま、住民限定、と銘打って売られていたのだから、自分が母親に買ってもらえたものだけれど、あの頃にしか手に入らなかったものだ。 「素材としては高価なものになりますから、それぞれ、チームとしての収入源になるのです」  それらも協定で、チームの売り上げが極端に異なる場合は高い金額を納めたところが寄付したり、いろいろあるんです。  マネージャーがこの世界の概略を説明してくれるのだが、いろいろ、たくさん、頭の中で追いつかない。  が、憧れているひとが今、目の前の紙ペラ一枚の先にあると思うと、それに食いついてしまいたくなる。  ぐっと目をこらして、自分のわからない部分を少しでも減らせるかと用紙を見ているが、なかなか、頭には入ってきてくれない。  自分の目が留まったところを確認して、マネージャーは続けてくれる。 「あなたは三年と短期ですが、次の更新が決まれば五年程度が望まれるでしょう」  そこまで同じ生活をしなければなりません。  あなたが思っている以上に、過酷な三年でしょう。  マネージャーさんは何人にも同じことを言い続けているのだろう。  ツノ跡はとてもきれいに丸みを帯びている。 「ゆっくり、お考えください。あなた一人の人生ではないでしょうから」  そう言って資料一式とともに家に帰された。  心変わりはしないだろうけれど、やっぱり期待よりもちょっと不安の方が強く残っていたのだった。
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