忠史 啓子

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一方(いっぽう)の棚田は電車の中で呟く。感謝をしてほしい、と(くさめ)など知らぬ存ぜぬの顔をしていた。 アナウンスが流れた数分後、電車は徐行をする。ブレーキと線路の()れる音と、今にも欠伸(あくび)をしてしまいそうな人並(ひとなみ)(ふう)を閉じていない厚みのある茶封筒を大事そうに抱え、ホームに下りる。エスカレーターなのか階段なのかは一見(いっけん)してわからないが流れに任せる。一歩、二歩と足は動いた。 「あれ、棚田さん?」 柔らかなアクセント。言葉と言葉の間を繋ぐ息の吸い込む音。 「飛久馬(ひぐま)さん近いです。やめてくださいおつかれさまです」 「ご苦労さま。すみません。この人の多さで、前に進んでも一歩か二歩です。それよりも原稿、取りに行けたんですね。先生の様子はどうでした?」
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