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……する者
触手本体の巻き貝が、目測で4、5mだとすると、翼竜はその3倍は大きかった。翼竜達は、しばらく池の畔で翼を休めたのち、森の中で息を潜めていた僕達には見向きもせず飛び去っていった。
村西は、気が抜けたように座り込んだ。
「あんなのに襲われたら……倒す自信なんてないよ……!」
巨大な翼竜に取ってちっぽけな人間など餌にもならないのか、たまたま満腹で襲うつもりがなかっただけなのか、判断が出来ないけれど、今日はラッキーだったに違いない。
「とにかく、日が暮れる前に戻りましょ」
藤原さんの言葉に従い、一同は疲れた身体を引きずりながら草原の方向に動き出した。
「……尚?」
僕は、森の中に落ちている触手の残骸を見ていた。勇者の剣に切り落とされた薄紅色の細い管は、ぺしゃんこに潰れたビニールパイプのようだ。その横に、透明な板が浮かんでいる。
触手(寺田淳彦・AGE 17)
HP 0/1000
MP 0/1000
『淳彦……』
僕達を捕食しようとしていた触手は、友達だった。
『トーコ、君もステータス板が見えるんじゃなかったのか? まさか、知っていて……』
数歩先で立ち止まっている幼なじみに視線を向ける。彼女もまた、僕を――僕と淳彦の遺体をジッと見詰めている。
「尚ちゃん。もし、あたしが死んだら……あたしを食べてくれる?」
『な、なに言っているんだよ、トーコ?』
「この世界では、能力が継承される。あたし達は、最初から強かったわけでも魔法が使えたわけでもないの」
そう言って悲し気に微笑むと、クルリと踵を返した。
一体、なにを――誰を食べたって言うんだ、トーコ……?
彼女の後ろ姿が遠ざかる。僕は、足下で萎びていく触手をもう一度見た。身体の裾をそっと伸ばす。薄水色のプルプルが薄紅色の触手に重なる。思わず目を閉じた。包み込んだ対象が溶け出して、異物感がゆっくりと消えていく。ほどなく身体の中心に熱が生まれ、それは全身隅々まで広がっていった。
『尚史……』
池の方から、声が聞こえた。
振り向く――いや、そちらに目を向けると、巻き貝が潰された辺りが銀色に輝いている。その中に見知った人影があり、周囲をキラキラした小さな銀色の光の粒が取り巻いて、ひとつふたつ……次々と空に昇っていく。
『淳彦?!』
『ありがとう。僕を浄めてくれて』
友達は、人懐っこい笑顔を浮かべると光の粒と共に消えた。
『ステータス!』
辺りが元の暗さに戻る。僕は自分の板を呼び出した。
スライム(衛藤尚史・AGE 17)
HP 201/1000
MP 97/1000
攻撃力 F
防御力 E
固有スキル じょうか●(浄化する者)
全てがクリアではないけれど、滲んでいた文字の一部が判読できる。「消化」ではなくて「浄化」。僕が取り込むことで、救うことが出来るのか? それが……僕がスライムに転生した理由なのだろうか。
『トーコも、僕に浄めて欲しい?』
まだ分からないことが多すぎる。けれども、為すべきことがあるのなら――。
「なーおー!」
遠くからトーコの呼ぶ声がした。行こう。彼女と仲間達が抱える秘密がなんであれ、僕はトーコを見捨てることなんて出来ない。
ぶるり
僕は滑らかな足取りで、彼女の元に帰っていった。
【了】
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