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クラスメイト達
トーコは、何語か分からない呪文を呟いて、僕の体表液で汚れた服を元に戻した。「かいふく」って、こういう使い方も出来るのか。
「あーあ、せっかく転生したのに、スライムなんてツイてないねぇ」
『ホントだよ』
ブンブンブンブン――ぷるん
「早くランク上げて、せめて会話出来るようになって欲しいなぁ」
『そりゃ……そう出来たらいいけど、戦うのは嫌だよ』
「とりあえず、あたしと一緒に来てよ。生き残ったメンバーがいるから」
『えっ!』
トーコは杖を拾うと、ゆっくり歩き出した。クラスメイトが他にも生きている。それは、この異世界でなにかをさせようという何者かの意志が働いているからなのか。だとしたら、僕がスライムになったことにも、なんらかの理由があるのかもしれない。
「ほら、行くよ、尚!」
数歩先で振り返り、僕が追いかけるのを待っている。迷っても仕方ない。彼女の側にスルスルと流れて行った。
あれ……あの杖の先にあるのは。
彼女の背丈ほど長い杖の先に、丸い紫色の石が嵌まっている。その石に刻まれた文様には見覚えがある。あれは、中3の夏、僕が渡した高校受験の合格守の組紐に付いていた紫水晶の留め飾りだ。合格後も、綺麗だからと留め飾りだけを通学鞄に付けていたのを見たことがある。あの石が、数百倍に大きくなって杖と一体化していた。
しばらく森の中を進むと、木々が途切れて広い草原に出た。トーコの膝まで覆う、丈の長い草がザワザワと波打っている。流れてきた風の匂いに、僕はハッとした。
「分かる? この先で多くのクラスメイトが死んだの」
生臭い血の匂い。肉が焼け焦げた匂い。一体、なにがあったのか。
「彩ちゃんも、結羽ちゃんも、駒田くんも、逢沢さんも……確認しただけで10人以上がゴブリンに転生していて……あたしが気がついたときにはもう、殺し合っていた」
なんてことだ。粗野で好戦的なゴブリンとはいえ、同族じゃないか。
「あたしも襲われて……宮瀬くんが助けてくれたの」
宮瀨……バスケ部のエースだ。彼も人間に転生出来たのか。
「今、生存確認出来ているのは、勇者の宮瀨くん、剣士の渡部くん、賢者の藤原さん、魔道士の村西くん。それと、あたし達」
マジか……。パーティーとしてはバランスが取れているみたいだけれど、思ったより生存者が少ない。
「あたしと村西くんは、ステータス板に刻まれた元の名前が見えるの。だから、生存者を探していたのよ」
『大変だったんだな、トーコ』
僕は、彼女に近付いて……そのまま触れたかった。悲しみが分かるから、ポンポンと背中を撫でて慰めてやりたかった。だけど、手のひらも持たない、こんなベトベトの身体じゃ、どうすることも出来ない。
「ありがとね、尚ちゃん」
足元で揺れていた僕を見下ろして、トーコは小さく笑った。
ドキリとした。僕達は幼稚園児からの幼なじみだけど、「尚ちゃん」なんて久しく呼ばれていなかった。
「さ、行こう。この広場を抜けたら、バスの残骸があるの。そこがあたし達の拠点なんだ」
ブンブンブンブン――ぷるん
天頂から傾いた紫の月に照らされながら、僕達は仲間の元を目指した。
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