0.『穴』

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0.『穴』

「駄目だ、高すぎる。」 深い深い穴の底に男が一人居た。 なんの脈絡もなく抜け落ちた大地に吸い込まれ、目を覚ますと闇の中。見上げた先にはポッカリと空いた穴に月明かり。 「なんたってこんなに僕はツキがないんだ…」 手探りで幾度か試した壁登りにまたもや失敗し、頭を抱えるこの男の名は『阿藤翔一』 不況の中ようやく就職できた工場が異能同士の抗争に巻き込まれ爆散し、住んでいるアパートは隣人のタバコの不始末で全焼。 公園で座っていただけで憲兵にしょっぴかれ、釈放された帰りに恋人が親友とデートしているのを目撃。 これらを一週間のうちに体験した哀れな男である。 翔一は子供の頃から精神のタフさには自信があるつもりだったが、こうも短期間に何もかも失うと流石にただ耐えるのは難しかった。 なんとか自分を鼓舞し、心の平穏を保とうと街の郊外を散歩していた所──とどめがこの落下である。 「もういいや。くそ。僕はここで飢え死にがお似合いってわけか!」 脱出を諦め大の字になる翔一。 日が昇ったあと声をあげ続ければ助かる可能性もあるとは思ったが…彼はすっかり自暴自棄になり死ぬことで頭がいっぱいになっていた。 「ようやく見つけたんだから死なないでもらいたいな。しかもよりによって餓死だなんて。」 「!」 身を起こしあたりを見回す。 目を凝らしても何も見えなかったが、声の方向に先程までなかった気配が確かにあると感じた。 「いるのか?誰か。おい、あんたも落ちたのか?」 そちらへ体を向け居直る翔一。 「ああ…見えないのか。人の目は不便だね。」 憐れむような声がすると、直後、紫色の光が少しずつ辺りを照らし始める。 「っ!」 そこにいた…いやあったのは小柄な人間のミイラであった。 「久しぶり──ワエミネだよ。」 ワエミネは口角を上げいびつに笑った。
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