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 扉を抜けると、そこは地上39回、150メートルを超える高さでそびえ立つ国連本部ビル屋上でした。  通り抜けると同時に不思議な扉は消えてしまい、もう戻れません。 「う~、こりゃ、覚悟を決めるしかないか。何処から中へ入れば良いんだろ?」  なんてブツブツ呟きつつ、屋上のドアを探す内、すごい鼻息を背中に感じました。振り返ると、どでかい竜の頭がこちらを睨んでいます。 「お前、テュポーン様がお探しの救世主だな?」 「あ、ちょっと待って。似てるけど人違いで……ホラ、あの子に無い大人の色気とか、感じません? そこはかとなく……」  軽くセクシーポーズをとるものの、何事も力づくで行くドラゴンの流儀にお色気なんか通用しません。手柄を立てたい一心で、一匹のみならず、次々とユカリさんへ突進してきます。  ほんじゃ試してみよっか、救世主パワー?  すぐに考えるのを止め、ユカリさんは拳に力を込めました。何事も力づくで行く荒っぽさはドラゴンだけの専売特許じゃないのです。 「うりゃ!」  タマキちゃんが使っていたファイヤーパンチが、炎と共にうなりを上げ、ドラゴンの群れをぶっ飛ばしました。  その勢いでエイリアンの宇宙船を蹴っ飛ばし、巨大ロボットへはキーン!とキラキラ光線を浴びせ、みんな動けなくしてしまうまで、一分もかからない早わざです。 「ウン、あたしも中々やるじゃん! 流石、救世主の力。ちゅうか、夢の中のご都合主義が効いてる?」  いつの間にか空を飛んでいたユカリさんは、周囲の三勢力をジロリと一にらみ。その迫力と、見せつけた圧倒的なパワーに恐れをなして、竜もエイリアンもロボットも一斉に後ずさります。 「ヘイヘイ、ど~したのぉ? やるんなら、やったろーじゃん。日本のシングルマザー、なめんなよぉ」  完全にノリノリのユカリさんですが、その心の中に直接、タマキちゃんの声が響きました。 「ちょっと、ママ……やり過ぎ」 「そう? 優しく撫でただけですけど」 「みんな、根は悪くないの。あんまり、いじめちゃダメなの。それに……」 「何?」 「あんまり派手にあばれたら、その反動で、タマキ、目が覚めちゃうかも」 「あ~、今、寝てるんだもんね。もし夢が途切れたらど~なるの?」  のん気に聞き返すユカリさんへ帰って来た答えは、あんまり穏やかなムードじゃありません。 「わかんないの……タマキの力を人に貸すなんて初めてだから、どうなるか、わからない。もしかしたら、消えちゃうかも」 「消える? あたしが? 夢の中に帰るんじゃなく?」  流石のユカリさんも怖くなりました。  こうなりゃ早く済ますしかない。屋上から150メートルをゆっくり降下し、玄関ドアから堂々とビルへ入ってやろうと考えたのですが……  この判断はまずかった。騒ぎを報道していたテレビや新聞の報道陣がドドッと押し寄せて来て、ユカリさんを取り囲みます。 「あなたが、奴らの要求する救世主ですか?」 「正体は地球人? 我々の見方をしてくれるんですか?」 「なんで、そんなに強いんです?」  最初は遠巻きにしていたのに、困ったユカリさんが口を閉じていると、マスコミはドンドン近づいてきました。  ヒーロー気分を味わっていたユカリさんも、モミクチャにされ、 「どこ触ってんのよ、あんたら!?」  つい大声になります。  日本語でどなったのに、救世主の力で意味は自然に伝っていく。  その違和感にマスコミがたじろいている間、ユカリさんは彼らの頭上を飛び越して、国連ビルのドアを潜り抜けました。  巨大なビルの中は、さながら正解のない迷宮です。  しかし、千里眼で導いてくれるタマキちゃんのお陰で、本会議場へ迷わず辿り着く事ができました。と言うか、面倒くさいから途中の邪魔な壁を全部ブチ抜いちゃったんですけどね。  会議場の壁穴からユカリさんが中を覗くと、放射線状に並んだたくさんの椅子に常任理事国の代表が五人だけ座っています。  中央演台には異次元から来た訪問者が三体。    元々、大きな竜のテュポーンは、2メートルくらいに体を縮め、頭の数も三つに減らした姿です。  ペンドールは、ロングドレスをまとう絶世の美女に変身していました。もしかしたら、交渉の為、超能力でそう見せていただけかも知れません。  マジェスは切り離した頭部をドローンみたいな飛行機械に載せ、赤いシグナルを瞬かせながら空中浮遊しています。  その全員から、一度に鋭い視線を浴びせられ、ユカリさんは一瞬たじろぎました。 「おぉ、救世主タマキ殿!」  テュポーンの三つの頭が同時にホッとした笑顔を浮かべ、 「わらわもお会いしとうござりました。いつぞやの如く、お願いしたき儀が」  ペンドールが優雅にこちらへ飛びよろうとすると、マジェスが素早く間に割り込んできます。 「ワレワレ、ノ、ネガイ、サキ、ダ」  たちまち、始まるにらみ合い。  おそらく、ずっとこんな調子が続いていたのでしょう。各国の代表は青ざめたまま、何も言えません。 「あのぉ……お取込み中、悪いけど、あたし、その……メシアじゃなくて」  三者一斉に「はぁ!?」と声を上げ、今度はユカリさんをにらみます。 「こんなカッコだし、若く見えるけどね、アンタたちが知ってる救世主の代理と言うか、保護者と言うか……」  三者一斉に、疑いの眼差しを浮かべました。と言うか、ユカリさんが何を言っているのか、訳わかんない、という感じです。 「タマキは言ってたよ。あんた達の世界の、本当の危機はもう去ったんだってさ。後は自分で何とか出来るし、自分で未来をつかまなきゃダメだって」  耳の奥でパチパチ、拍手の音がしました。夢の中からタマキちゃんがママを応援しているようです。  でも、来訪者達は途中からいがみ合いの方に夢中。力説するユカリさんの言葉は耳をスルーしていて、その上、 「えぇいっ、らちが明かぬわっ!」  ペンドールが絶世の美女から女王バチの正体を現し、複眼を妖しく輝かせると会議場が大きく揺れました。  何が起きたのか?  報道機関のニュースがフロアのモニターに流れ、そこには基礎構造から引っこ抜かれて空へ浮上していく39階のビルが映し出されています。 「と、飛んでるっ、ビルが!?」  アメリカ大統領がうめくように言いました。 「見たか、わらわの念動力。このまま、我が艦隊と共にワープして、故郷へ帰還してくれるわ」  勝ち誇った口調でペンドールが宣言します。  会議場の揺らめきはまもなく止まりました。モニター画面を見ると、ロボット軍団が取り囲み、青白いビームをロープのようにビルへ巻き付けて、ペンドールの超能力を封じているみたいです。 「NO! ワープ、ノマエ、ニ、クウカンゴト、タイムトラベル!」  マジェスの額で赤い光源がチカチカしていて、それは彼なりの「笑い」の表現に見えました。 「こんなんで張り合って、ど~すんのよ!?」  狙いだった筈の救世主をよそに、テュポーンまでブツブツと呪文らしき言葉を唱え始めています。  そのやり方は他の二人と違っていました。会議場の壁が見る間にうねり、何か生き物の体内みたいな色合いと生臭い匂いを発し始めたのです。 「ふん、ドラゴンの魔法に勝てると思ったか? わしは今、このビルをどでかい飛竜に作り変えておる。完成したら、超能力やら、科学やら、蹴散らして我が願いをかなえてやるぞ」  ユカリさんは、冷や汗をかきながら、その言葉を聞いていました。  どいつもこいつも、すさまじい能力です。  それは又、そんな彼らが、長い旅を経てまで取り戻そうとする救世主タマキがどれほどすごい力の持主か、と言う事も示しています。  そして、そんな救世主でさえ、夢の中で修行を繰り返さなければならない程の災いが10年後、20年後に地球を襲うかもしれない。  日々の暮らしの中で感じた事のない不安と恐れが、ユカリさんの胸の奥で渦巻き始めましたが、それ以上考える暇はありませんでした。  しばらく空中に固定されていたビルが、再び大きく揺らいだのです。  三方からけん制し合っていた竜、宇宙船、ロボットがついに激突し、戦端が開かれてしまったようです。  結界やバリヤーで身を守っているから、彼ら自身は無傷。でも、周囲へ急速に被害が広がっていきます。
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