プロローグ

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    *  鎌倉警察署に捜査本部が設置された。戒名は「七里ヶ浜地下道女性殺人事件」。神奈川県警本部の澤口(さわぐち)元樹(もとき)管理官が捜査の指揮を執る。  被害者は関根(せきね)美緒(みお)、二十三歳。  死亡推定時刻は発見される前夜二十一時半から二十三時半。死因は首を絞められたことによる窒息死。索条痕から凶器は直径一センチほどの紐状のものと推定された。争ったり乱暴されたりした形跡はない。凶器の繊維を被害者の皮膚や水溜まりから採取するのは困難だった。  現場には本人のものと思われるハンドバッグがあったが、中身の財布には現金八万円が残されていた。他にスマホや簡単な化粧品類も入ったままで、物取りの犯行ではなさそうだ。  被害者の実家は犯行現場から車で十分ほどの距離にある西鎌倉で、今も両親と妹が暮らしている。美緒は二年前に短大を卒業後、パティシエを目指すと言い出し、横浜の馬車道近くにある洋菓子店、アン・ボヌールに住み込みで働き始めた。ところが、殺害される一か月前にその店を辞めている。その後、どこへ行ったのか、洋菓子店側も両親も知らないという。  最初の捜査会議を終えて、捜査員たちはいくつかのチームに分かれて動き始めた。 「空白の一か月ねえ……」  捜査本部が設置された鎌倉警察署の会議室で、神奈川県警捜査一課の鴨居(かもい)(あきら)警部補は、ため息交じりに呟く。 「この一か月の被害者の足取りを洗うにしたって、雲をつかむような話だよな」  鴨居の滑舌は悪い。しかし、ペアを組む鎌倉警察署刑事課の山田小太郎巡査部長にとっては聞き慣れた声だ。 「まあ、そう言うなって」  関係者筋を当たる、いわゆる「鑑取り」を担当する三戸部(みとべ)班の三戸部係長が、鴨居の肩を叩いた。 「こういうときは、丁寧に当たらねえとな。最初に見落とすと最後まで響きかねない」  若い山田に、というより、自分自身に言い聞かせるように鴨居は告げた。 「そういうことだ。洋菓子店の店長と従業員、もう一度、彼らの証言を確認するところから始めてくれ」  三戸部の言葉に鴨居はうなずく。 「レイプでも強盗でもない。そうなれば怨恨の可能性が高くなりますね」 「殺人自体が目的の愉快犯かもしれない」  山田の肩をポンと叩き、二人は横浜の洋菓子店に向かった。
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