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第3話 会社の廊下にて
「若葉ちゃん、ちょっと」
翌日の昼休憩後。
若葉はいつも通りチェスに一喜一憂する中、王野から声がかかった。
「例の件なんだけど、いいかな?」
「は、はい」
若葉はちらっ、と真希の席を見た。目と目が合い、小さくウインクを返した。
そのまま王野に連れられて、ひと気の少ない廊下まで連れて来られる。
「ここなら監視カメラの死角になる」
「な、何でしょうか。確か、機密書類って……」
わざわざ、カメラの映らない場所にまでやってきて。
「明日、抜き打ちで社内の検査があるのだよ」
「け、検査?」
「まあ要するに、お偉いさん方が監視にやってくるってことだよ。そこで君に、これを預かってもらいたいんだ」
王野は胸元から、黒い①とシールの貼られたUSBを取り出す。
「こ、これは?」
「これには社内の機密データが詰まっている。君には明日までこれを、預かっていて欲しい」
「ええっ」
露骨に眉をひそめてしまう。
「検査で見られたら、まずいめの資料ってことですか?」
「まあ、そんなところだね。特にこの中のデータは、奴らに見られたくない」
若葉は「ごくり」と唾を飲み込み、
「な、何のデータなのでしょうか?」
王野は無言で、周囲に誰もいないことを確認すると「これはね」と耳打ちする。
「君も聞いたことがあるだろう。ネクサクオンタムの秘密裏に開発している、二足歩行型アンドロイドの製造資料だよ」
「!!」
二足歩行型アンドロイド。
開発部が密かに人造人間の研究しているということは聞いたこともある。
「以前、開発部にスパイが潜入していてね、データを奪われる前に私が預かったんだ」
「そこで、今度は検査が来るから私に?」
「そういうこと!話が早くて助かるよ」
「そ、そんな重要な資料を……な、なぜ私に!?」
王野は「へへっ」と得意気な様子で、
「君の方が、かえって怪しまれないからね」
「へ?」
「だってまさか、会社の最重要な機密データを、君が預かっているなんて思わないじゃない?内部に敵がいたとしても、まさか若葉ちゃんがデータを持ってるなんて疑いもしないだろうよ」
なかなかにひどい言われようだが、「確かに」と妙に納得してしまう。
「ていうか王野部長。検査が来ることがわかっていたら、抜き打ちって言わないですよ」
「世の中そんなもんだよ」
そんなもんなのだろうか。
「とにかく、頼んだよ」
「あ、ちょっと──」
王野はまるでお使いでも頼むかのように、告げると、るんるんと立ち去って行った。
あの人も、何を考えているのかよく分からないところがある。マイペースで不思議な女性だ。
「──あっ、真希からだ」
王野から受け取ったUSBを上着のポケットに入れながら、スマホの通知を開く。
『少し相談があるんだけど、いいかな?』
どうしたというのだろう。
なんにせよ、真希は会社の中でも唯一の友人。無下にはしない。
『いいよ〜』と送信する。
『ありがとう。来て欲しい場所は──』
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