第1話 窓際にて

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第1話 窓際にて

 若葉にとって、ここが正念場だった。  一手の間違いも許されない。相手の動きのパターンは頭の中に叩き込んである。 「──チェック」  ここで追い込む。そして、一気に決めるんだ。  相手からの動きはない。  そう、チェックメイトだ。 「ふふふ、こんなの私にとっては朝飯前──」 「相変わらず、いいご身分ね」 「──ひゃっ!?」  恐る恐る振り向くと、若葉の先輩が立っていた。  目はしっかりと若葉のことを見下ろしており、ゴミを見る目とは、まさにこれのことだろう。 「や、矢崎……さん」 「別にあんたの仕事は期待していなけど、せめて不必要な書類をシュレッダーにかけるくらいは、して欲しいものね」 「まあまあ矢崎ちゃん、新人をいじめるのはやめてあげなよ」  若葉と矢崎の間を割って入ったのは、部長の王野だった。 「シュレッダーなら、私がやっておくからさ、そんなに言わないであげてよ」 「新人って……野窓さんはもう二年目でしょう」  矢崎は随分と立腹した様子で、王野を睨みつけた。そのきつい目線に「参ったねこれは」と苦笑い。 「部長は野窓さんを甘やかしすぎです」 「そ、そうかなあ」 「これじゃあ、給料泥棒と同じですよ」 「相変わらず手厳しいなあ」  王野は「まあまあ」と矢崎を宥め、 「野窓ちゃんが本来やるはずだった仕事は、私が引き受けているんだからさ、見逃してよ」 「はあ──ほんとに、もう」  矢崎は不服そうに肩の力を抜くと、まだ何が言いたげな態度を取りつつ、そのまま立ち去って行った。 「すみません、王野部長」 「いいからいいから。気にしないで」  若葉の肩をぽんぽんと叩きながら「それよりさ──」と続ける。 「──君に、頼みたいことがあるんだ」 「えっ」  若葉は驚いて王野と目を合わせる。 「わ、私にお仕事ですか!?」 「そんなところだね」 「自慢ではありませんが、私は入社一年目で社内ニート入りを果たした女ですよ」 「ほんとに自慢じゃないね」と、王野はひとしきり笑うと、 「君に『ある物』を預かってもらいたいんだよ」  と、少し真剣な顔持ちになった。 「ある物、ですか?」 「詳しくは、明日まとめて話すよ。まあ、会社の資料みたいなものさ」 「はあ」  王野はそれだけ言うと、自分の席に戻っていってしまった。若葉は首を傾げながら後ろ髪をかき「なんでしょう、一体」と呟く。 「ま、いいか」  若葉も自席のPCに向き直り、チェスを再開した。 「わーかば」  背中から声がかかる。 「ま、真希」  真希──若葉の同期にして、彼女の数少ない友人だ。  周りが若葉のアホっぷりに呆れて離れていく中、真希だけは変わらず親しくしてくれていた。 「今日はもう上がれるから、これから飲みに行かない?」  時計を見ると、既に定時を回っていた。 「分かった。待ってね、この仕事を片付けるから」 「仕事って……チェスじゃん」  真希が呆れ笑いをする中、若葉は慣れた手つきで「チェックメイト」と告げた。373633af-3439-4834-85ea-3d4862a17c7d
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