第5話 路地裏にて②

1/1
前へ
/22ページ
次へ

第5話 路地裏にて②

「や、やだなあ真希。どうしたの?」  苦笑いを浮かべる若葉に、真希が微笑み返すことはなかった。 「ど、ドッキリってやつだよね?こんな人員集めて私を騙そうだなんて、手が込んだことするね」 「……」 「そろそろ種明かししてくことれてもいいんだよ?ねぇ、ねぇったら」  遂には真希が、『ドッキリ』という赤文字の看板を出すことはなく、代わりに拳銃の引き金に指をかけた。 「ち、ちょっと真希──うぐっ!?」  背後から数人の男に両腕を掴まれ、口を塞がれる。 「ひゃ、ひやめへほ……なんへ……?」 078b3ddd-642b-489d-8fd2-47724a1291ad  真希はスマートフォンの画面を見せる。そこにはマップと、若葉の立つ位置が記されていた。 「昨日、あなたのスーツに発信機をつけさせてもらったわ。あなたと王野の会話もしっかり残っているわ」 「ほ、ほうひへ……」 「アンドロイドの機密資料、王野が持っていたなんてね。それが、今度はあなたに行き渡った。今度こそ手に入れてみせるわ」 「なんれ……ひょんな……」  真希は「まだ分からないのね」とため息をつき、 「若葉でも分かるように、教えてあげる──」  真希はつかつかと若葉の眼前にまで近付くと、にやりと口元を吊り上げた。 「──ネクサクオンタムの会社員、それは仮の姿」  彼女の目が、狡猾な獣の如く光った。  それは、若葉のいつも見ている彼女の微笑みなどとは程遠い。  同じ顔をした、ドッペルゲンガーのように思えた。  そうであってほしかった。 「私の本当の姿は、神龍テクノロジーズからあんたのところの情報を奪いにやってきたスパイよ」  神龍テクノロジーズ──中国のテック企業のひとつ。  競合相手のネクサクオンタムから、度々その技術力を求めて交渉にやってきたり、断られては無理やり強奪を図ったりと、悪質な組織。 「佐藤真希も、仮の名前。本当の名前は李梅(リー・メイ)」  偽名まで使っていた。  日本人ですらなかった。  それが、若葉とのこれまでの交友は全て嘘だったことを証明させるのには、十分すぎた。 「そ、そんな──」 「あなたに近づいたのも、全て王野の持つ情報を手に入れることが目的だったの。あなたが馬鹿な子で、本当に良かった」  真希──もとい李梅は若葉の胸元に手を伸ばす。 「对不起(失礼)」 「あっ、ちょっと──なに、するんですか……っ!」  ごそごそと、若葉の上着ポケットを探る。 「や、やめてくださいっ」 「やっぱりポケットだったのね。なんとまあ安直だこと」  黒いUSBを取り出した李梅はにちゃりと笑う。①と書かれていることから、あの時の音声で聞いた通り。王野が彼女に渡したものに違いなかった。 「それは王野さんから預かった……か、返してくださいっ!」 「王野もバカねぇ、こんな大事なものを、無能な社員に預けるんだから」  若葉から奪い取ったUSBを、胸ポケットに入れる。 「さて、私は佐藤真希としての役目を終えたし、あなたも用済み。悪いけど、消えてもらうわ」  かちり──拳銃の安全装置を外す音が鳴る。李梅の銃口は、まっすぐ若葉の額を捉えた。 「や、やだっ!せめて、せめて命だけでも──」 「そうはいかないわ。不安要素は全て消し去るのが、神龍のやり方よ」  細い指先が、引き金に絡まる。そして──  ──ばんっ!
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加