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3-3特級呪具コタツの威力
ちょこん。
ドアを開けたら、三毛猫が座っていた。
龍子は「社長」と声をかけようとしたが、ふと朝食をとった部屋にいた猫を思い出して、念のため確かめることにした。
「一応確認申し上げますが、あなた様はこの家にお住まいの三毛猫さんではなく、猫宮社長ですよね」
「にゃぁ」
猫そのものの返事。龍子はぱっと相好を崩して、早口で話しかける。
「あっ、猫さん。今朝の猫さんですよね? あのときは親交を深めるに至らず失礼いたしました。わざわざご挨拶に出向いてくださったんですね。ご親切にありがとうございます。どうぞどうぞ部屋の中までお入りください」
さっと身を引いて招き入れる仕草をしてみたところ、三毛猫がげんなりとした顔をしながら見上げてきた。
「お前、猫好きなわりに、猫の顔の区別ができないんだな……。俺だ俺」
「ええええええ、社長何やってんですか。いま『にゃあ』って、言いましたよね。あの『にゃあ』はなんだったんですか。なんで可愛い猫のふりしたんですか? そんなことしなくてもいまの社長はじゅうぶん可愛い猫チャンですよ! 立ち話もなんですから部屋へどうぞ」
「……はぁ」
全力で誘いかけているのに、哀愁あふれる溜息をつかれてしまった。心配になるほど覇気がなくて、龍子は動揺しながら声をかける。
「社長? 大丈夫ですか? ピザが消化できてないんですか?」
「ピザ関係ない。その……、夜遅くに部下の女性の部屋を訪ねるというだけでも非常に悩みどころなのに、そうもあっさり中へと誘われても。どうしたものかと」
声に苦渋が滲み出ている。龍子は目線を合わせるがごとくしゃがみこみ、猫宮ににっこりと笑いかけてみた。
「なんですか社長。まさかそのちまっこい姿で、やましいことでも考えていたんですか。可愛いですね!」
「古河さんもう猫ならなんでもいいんだろ。俺に可愛いって言い過ぎだ」
「可愛いは可愛いですよ。人間のときの社長は言われ慣れてないかもしれませんけど、猫になったら今までの百倍くらい称賛されますよ。なにしろ可愛いので」
「嘘だろ……。まるで人間の俺がダメ人間であったかのような言い方じゃないか」
話しているうちに悲しくなってきたのか、猫宮は目をしょぼしょぼとさせて香箱座りをしてしまった。しっぽをまきつけ、見事にお手々もないないしてしまっている。
「廊下で座り込まなくても。寒いですから部屋の中へどうぞ」
「簡単に言うが、俺が君に不埒なことをしたらどうする」
悲しげに俯いたまま、猫が深刻な声で言う。
(猫が……深刻な声で……! 不埒なってなんですかね!?)
龍子はふきださないように堪えながら、思いのままに言い放った。
「猫チャン社長なら一緒にベッドで寝ても構いませんよ! 私、子どもの頃から猫とか小さな生き物に全然好かれなくてですね。実家で飼っていた猫は、私とは絶対に寝てくれませんでした。『金縛りかと思ったら、猫に乗られて苦しい……幸せ……』みたいなの一度で良いからやってみたかったんですよね」
「知るか」
いまにも威嚇しそうな顔つきで言い捨てて、猫宮はすくっと立ち上がった。四足歩行で、「邪魔するぞ」と言って部屋の中に入ってくる。
おひげがピン。
声を立てないように気をつけながら、腹を抱えて笑いつつ龍子はドアを閉めた。
猫宮は、すらすたと進んで足を止め、ぐるりと部屋を見回した。
(しっぽ……! しっぽふりふりしてらっしゃる!)
無意識なのか、長いしっぽが左右に振られている。その仕草の可愛らしさに声を上げないよう、龍子はまたもや苦心惨憺しながら両手で自分の口を厳重にふさいだ。
その気配を感じたのか「ん?」と猫宮が振り返る。
「……何を考えている」
「いえいえ何も。そうだ、社長、せっかくだからコタツにどうぞ。あったかいですよ~。猫チャンといえばコタツですよ!」
「む」
三毛猫が、部屋の隅のコタツを見定めて、難しい顔をした。
(猫が……、猫が難しい顔してる! 猫の考えてるときの顔ってどうしてこう可愛いの……! もう無理!!)
笑いを堪えすぎて、ふー、ふー、と息が荒くなってしまった。それを気取られないように顔を背けながら、龍子はコタツの方へと歩いていった。絨毯に上る前にルームスリッパを脱ぎ、いそいそとコタツに入り込む。
嫌がるかと思ったか、興味はあったのか猫宮もついてきた。
そーっと、こたつ布団に手を置き、沈み具合にぴくっとするところなど、堂に入った猫ぶりである。もう猫にしか見えないし、実際に猫であった。
「これは……、いや、見たことはあるんだが、使ったことはなくてだな。中に入るんだよな……?」
ほれぼれとするほどのイケボで、龍子に確認してくる猫。
コタツの天板に頭を打ち付けて「可愛い」とのたうちまわりたいのを堪えて、龍子はなんとか平静を保って言った。
「コタツの使い方ですか? それで大丈夫ですよ! 北海道はあんまりコタツの習慣がなくて、私もず~っと憧れで。初めて使ったのはこっちに来てからなんですけど、やばいですよ。どうぞ干からびない程度に入ってみてください。ささっ」
布団を軽く持ち上げてみると、猫宮はくるりとまわって、お尻の方からそーっとコタツにおさまった。龍子とは角を挟んで違う辺側なので、そうすると向きからして目が合わない。その距離感に、懐かない猫らしさを感じて龍子はにやにやとしてしまった。
「そういえば社長、猫化が始まって以降、私と遭遇する前まではどういうタイミングで猫化が解けていたんですか」
「ランダム」
「わぁ……」
使い勝手の悪い能力だなぁ、という言葉をかろうじて飲み込む。
猫宮はさらにもぞもぞとコタツに深く体を埋めながら、呟いた。
「なんだこれは。急に眠くなってきた」
言うなり、ふわぁぁ、と大あくび。
それを見ていたら、龍子も急に眠気に襲われて、目を瞑った。
「それがコタツというものですよ。コタツの魔力には誰も逆らえないんです。気がついたら意識を失っているんです……」
「特級呪具……やばい……な」
「やばい……です……」
迂闊に目を瞑ったせいで、瞼の重みを感じるより先に意識が飲み込まれる。
眠りに落ちる濃厚な気配を感じながら、龍子はぼんやりと思った。
(社長、結局何しに来たんだろう)
尋ねてみようと思ったが、もう口を動かすのも億劫で、眠気に身を任せる。
すうっと自分がたてた寝息を聞いた。
寝た。
そう自覚して、どれだけの時間が過ぎたか。座ったままの姿勢だったせいで眠りが浅かったのか、やがて目覚めたが窓の外は暗くまだ夜。
ふと見ると、猫宮はいつの間にか仰向けにひっくり返り、天下泰平な様子ですやすやと寝ていた。
「可愛い……野生じゃない……」
呟いて、龍子は立ち上がる。
起きた以上はベッドで寝なければ。
ちらっともう一度見てみた猫宮は、当然起きる様子はない。一瞬、そのままにしておこうかと思ったが、龍子はコタツのある環境で猫を飼ったことがないので、猫の体にどういう影響があるのかよくわからない。朝になって干からびていたら困る。
(中身は社長だけど、見た目は猫だし。犬島さんが抱っこしていたくらいだから、重さもさわり心地も猫なんだろうな……)
猫ならば。
お互いにさして気にすることもなかろう、と心に決めて龍子はこんこんと寝ている猫宮を抱き上げた。そのままベッドに向かい、抱えたまま寝ることにする。
「おやすみなさい、社長。ふふ……、こうやって猫と一緒に寝るの夢だったんですよ……」
疲れていたのか、龍子はそこで二度目の眠りに落ちた。
朝まで。
まさか目覚めたときに横にいるのが猫ではなく、人間に戻った猫宮だとは夢にも思わず。
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