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波漓は詩乃也の腕を引き立ち上がらせると、テレビの前にある大きなソファへ座らせた。そしてテーブルの下にある透明な箱を取り出し、自分も詩乃也の隣に腰かける。
「手、出してください」
「はぁ?なんで…」
「怪我してるでしょう」
指摘されて自分の両手を見ると、転んだ時か殴りあった時かにできた傷が血で赤く滲んでいた。痛みは感じていたが、怪我なんて日常茶飯事の詩乃也は特に気にしていなかった。
波漓は詩乃也の手を優しく持つと、箱から消毒セットと絆創膏を取り出す。
「手当なんていらね…!」
「動かないでください。ちょっとしみるかもしれませんけど…我慢してください」
「…チッ、」
ガーゼに消毒液を浸し、ピンセットでそれを詩乃也の手にそっと当てていく波漓。割れ物を扱うかのように丁寧に触れているのが伝わってくる。
「いっ…てぇ!!!」
「しみるって言ったじゃないですか」
「クッソ…手当なんて普段しねーから慣れてないんだよ!」
「こんなに怪我してるのに?」
「毎日のように喧嘩してるから手当てしても結局同じだろ。テキトーに洗っとけばいいんだよ」
「ダメですよ。ちゃんと手当てしないと痕になっちゃいます」
「……は、」
一一一こんな綺麗な顔して良いとこ育ちのくせに、汚れるのも気にしないで…。しかもヤバい噂聞いてる俺に怯まずに、こんなことまで…。
一一一変わり者ってことには間違いない。怯むどころか俺にこんなお願いまでしてくるような奴だし、証明するためとはいえキスもためらいなく…。
「つか、お前はなんで夜遅くにあんな路地裏いたんだよ。22時ギリギリだったし、似合わなすぎて合成かと思ったわ」
「え?ああ、予備校の帰りで…いつも迎えの車が来るんですけど、今日は歩いて帰りたいって駄々こねて何とか迎えを拒否したんです」
「迎ええええ?マジで規格外だな、金持ちのお坊ちゃんは。なんで拒否すんだよ。車のが楽だろ」
「何となく…1人でふらふら自由に歩きたい時もあるんですよ。それに今日はそのおかげで詩乃也くんに会えたからよかったです」
「ばっっ!馬鹿じゃねーの!?」
消毒を終えた波漓は絆創膏を取り、詩乃也の怪我一つ一つに丁寧に貼り付けていく。それがむず痒く感じる詩乃也だが、チラチラと波漓に目を移してしまう。
「はい、できました」
傷を守るように貼られた絆創膏を見て、詩乃也はふと思う。こんな風に優しく触れられたのはいつぶりだろうと。
「そんな毎日のように危ないことして、夜遅くまで外にいて親御さんは何も言わないんですか?」
「あ?俺は親いねぇよ」
「……え」
「俺が産まれた後、母親はどっか行ったらしー。蒸発ってヤツだよ。消息不明。父親もいないし、俺は母親の方のばあちゃん家で育ったんだよ」
「え、じゃあ今もお婆さんの家に?」
「いや、ばあちゃんも俺が中2の時亡くなって今は親戚ん家にいる。まーバイトで金貯めてるし高校卒業したらさっさと出て行ってやるけどな」
「そう、だったんですか…」
「本当はすぐにでも高校辞めて働きてーけど、世間体的に親戚が高卒はしとけってうるせーんだよ。それ以外は俺に興味なしだから気楽だけど」
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