0人が本棚に入れています
本棚に追加
木枯らしが吹きすさぶ大通りに面した停留所にはバスを待つ列が。寒さに逆らう勇気を与えてきた冬の太陽は、ビルの合間に潜り込もうとして町全体を茜色に染めている。逢魔が時が始まろうとしている街には、バス停以外に人の気配が感じられなかった。
「ぶるぶるぶる。今日は今年一番の寒さだってさ」
「うん、そうらしいね。でも、私はあなたと一緒だから我慢できるわ」
お互いに片思いだと思って悲しみにふるえていた彼と彼女。そんな過去を乗り越えて無事に交際を始めた高校生カップルは、寒さにふるえながらバス待ちの列の最後尾に仲良く並ぶ。彼らはお互いの指と視線をからませながら自分たちの世界に入っていく。
「はあ、こんな寒いのに。これから夜勤のバイトかぁー」
そんな寒さにふるえながらも幸せの絶頂にいる高校生の前には、両手をポケットに入れて憂うつな顔の若い女子が。彼女はバイトで生計をたてながらネット小説に応募し続けているが、いつも良いところで入選を逃している小説家のたまご。今日もこれからアルバイト先に向かうべくバスを待つ。と、ポケットの中のスマホがふるえる。
なんだろうと思ってスマホの着信メールを見る。そこにはなんと、出版社から書籍化のオファーが。やった! スマホを持ったまま小さくジャンプした小柄な体は寒さではなくて喜びにふるえ、彼女は友達への報告メールに集中する。
「くそー、バスの野郎め。早く来てくれ!」
喜びにふるえてジャンプした後にスマホのメール打ちに夢中になっている若い女性の前には、人目をさけるようにトレンチコートの襟を立てた中年の男性が、足をガクガクとふるわせ並んでいる。彼は事業に失敗し闇金からも多額の借金をしてしまい、名前を変え住所も点々と移動して、借金取りから逃げ続けている。
今まで逃げ切れた安心感から油断してしまい、ついさっき今の居住場所が借金取りにばれて、絶賛逃げている。
彼らに捕まれば、明日の夜には大阪湾の底にコンクリートの重しと一緒に沈んでいる思うと、彼は恐怖で足のふるえが止まらない。頭の中はどう逃げ切るかを考えるので精一杯になっている。
「お、やっとバスが来たかな? え、うそだろ!」
バス停の最前列でバスを待っていた若者が、近づいてくるバスの気配に気が付いて注意を向ける。それは運転手の顔がガイコツで、行き先表示は『あの世行き』になっているバスだった。
バスの運転手であるガイコツは、見つめているこちらに気が付いて、にやりと笑ったように思えた。死神の運転するバスは、停留所に並んでいる人たちが逃げ切れないほどの猛スピードに加速して、彼らがいる停留所に向かって突っ込んでくる。
彼は絶望して心をふるわせる。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!