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狂信して共振
その晩、コインランドリー「スマイル五号店」に居合わせた者は、若者二人が怪物と戦う、映画か漫画のような光景を目にした。
証言する者は多数あったが、誰も証拠となる画像や映像を提示することはできなかった。あれだけカメラレンズが目を剥いていたというのに、残されたのは暗闇と雨の音だけ……──。
悲しい怪異の正体に彼らが気付くことは、一生ないのかもしれない。
そうしてまた「あそこは本当に出るらしい」と新しい噂が生まれ、信じられるほどに新たな怪異が生み出される。だが、一つ救いがあるとするならば、祓い屋の姿を見た者が大勢いるということだ。
彼らは云う。
「本当に出るけど、すごい人が退治してくれるんだよ」
こうして〈八番ドラム〉の怪異は、産み出されてもすぐに噂の祓い屋が現れて駆逐される……と、信じられるようになり、生まれては消えを繰り返すうちに、ただの噂話へと昇華された。
「見てください、ナオくん。新しい都市伝説が上がってますよ」
人気のオカルト系配信者が、粘ついた喋りで恐怖を煽る。
「怖いです〜」
「そこ知ってる、マジでヤバイ」
「どきどき……」
すいすいと液晶画面をスワイプし、コメントを読み上げる着流し姿の青年は、にこにこと笑顔を絶やさない。
隣に座る男子高校生は、本から目を上げることさえなく、如何にも興味がなさそうだ。
「これはこれは伸びてますねぇ」
「なんでそんな眉唾な話に飛び付くんだか」
「それはね、ナオくん。この人は魅せ方が巧いから。配信業界において、面白さは信用。絶対的に面白い彼の話は、信用に値する。怖いもの見たさのリスナーに、恐怖を約束してくれているんですから、そりゃあ信じられるでしょう?」
「……怪異より、こいつを祓えば早いのに」
「おやおや、ナオくん。ひと一人、片付けるのは怪異と対峙するより骨が折れますよ」
まるで経験があるかのように、さらりと言うので、ナオは胡乱な目を向けるが、一生かかってもその心の深淵は覗けそうにない笑みが返ってくるばかりだ。
「行きましょう、ナオくん」
雨のない空に、カナタの蛇目が開かれる。
無言のため息と共に本は閉じられ、スニーカーが蛇目の影を踏んだ。
何処に、とは問わない。連れて行かれるのは、どうせ噂から生まれた異界だ。きっと其処にも恐ろしい怪異はいるが、せめて彼らが泣いていなければいいとナオは願う……。
……
…………
「……っ、はーっ! 今回も怖かったねー! ×××の生配信!」
「ねーっ。鳥肌ヤバいんだけど!」
怖い、と言いつつ笑っている、そこなお嬢さん。お気を付け。
ほおら、後ろで……──産声が。
〈お終い〉
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