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本質
G県T市某所のコインランドリー「スマイル」五号店には、乾燥機だけでも小型から大型まで十二台が設置されている。
「あの事件の現場らしいよ……──というのが、噂の始まり」
その中の八番のドラム内に、引っ掻き傷のような汚れがあったのを、面白おかしく囃し立てた者がいた。
「ほら、この時代ですから」
節操のないほんの冗談に尾鰭がつき、まことしやかに拡散されて、いかにも真実かのように、「スマイル」は事件現場となった。
「実際はどうなんです? カナタさん」
カナタ──そう呼ばれた青年は、話の不穏さに反してにこやかだ。
事件の詳細、噂の精度を調べ纏めたファイルをタブレットで開く。ナオはいつもこの光景に少なからず違和感を覚えていた。着流しに羽織り、蛇目傘──そんな出立ちのカナタが、最先端技術を手にしているのが、昔からの付き合いでも見慣れないのだ。
「実際は同市内のスマイル三号店が現場です。今回噂になっているのは五号店。残念、ハズレです」
「死因は? まさか、本当に乾燥機で……なんてことはないでしょう」
「はい。犯人曰く、店内にて殺害後、隠し場所に事欠いて仕舞った……と。供述通り、当時の防犯カメラにもその様子が映っています」
見ますか、とタブレット端末を笑顔で差し出す。道の悪い下道を行く、車の後部座席の振動だけでも堪え難いのに、これ以上不快な思いは御免だと、ナオは顔を背けた。
「そもそも、そんな噂が立つのがおかしいんだ。乾燥機に人間を入れて回せるはずがない」
「だけど家庭用洗濯乾燥機で、子供が死亡した実例があります」
またもカナタはにっこりと口角を上げる。
「管理会社及びメーカーの回答では、事件当時使用されていた乾燥機には安全装置がないそうで。もちろん内側からも開けられない。制限重量は二十九キログラムと記載されていますが、モーターが焼き付かない限り、プラス十キロ程度までは運転可能とのことでした」
「被害女性は?」
「おやっ、ナオくん。死者を辱めるものではありませんよ」
いかにも非常識だと窘めるような、憐憫の笑みを向けられ、ナオは不服を露わにする。
そっと耳打ちされた数字は、制限重量から軽く二十キロはオーバーしていた。
「やっぱり現実的じゃない。そんな噂を馬鹿正直に信じる奴が阿呆なんです」
「だけど、被害者の情報なんて詳しく出ていないでしょう? 小柄な女性なら有り得る……──かもしれない」
また、カナタの声がリズミカルにナオの耳を打つ。
「そうだったら怖い」
「もしかしたら目の前の機械がそうかも」
「そしてちょっとの……怖いもの見たさ」
「漠然とした不安と恐怖の前に、ソースはそれで十分なんです」
ひび割れた舗装を乗り越えたか、車体が大きく揺れた。運転手がミラー越しに頭を下げる。ミラーに下げた交通安全祈願の御守りは、平らな道でも振り子のようにぶらぶらと揺れている。
「恐怖は恐怖を煽って、伝染する。一人の身震いが、大きな震えとなって、いつか大物の怪異に育つ……なんてわくわくしません?」
「しません。いい迷惑だ。祓いに駆り出される俺たちも……」
ナオははっと口をつぐみ、ばつが悪そうに、窓を滑る雨粒と景色を見遣って押し黙った。
それを横目に、カナタは薄く笑う。
「ナオくんは本当に優しいですね」
トンネルに入った途端、心底迷惑そうなナオの顔が窓硝子に映し出されたが、カナタは構わず笑んでいた。
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