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怪異×対峙
屈んだナオの目と鼻の先。ソレは小さく背を丸めて潜んでいた。
ワゴンを押し退け、這い寄るソレがナオの眼前に迫る。鼻面を突き合わせた顔は、酷く焼け爛れていて、在りし日の顔貌も表情も垣間見ることはできない。
ナオがわずかに息を呑んだ瞬間、怪異は白濁した目をひん剥いて、襤褸襤褸の指先を振り上げ襲い掛かってきた。
咄嗟に床を蹴り身を退き、カナタの脇にてナオは体勢を立て直す。
「ご覧、ナオくん。醜悪だ」
窓越しのヘッドライトを背に、ひた、ひた、と怪異は二人のもとへ歩み寄る。
潰れた火脹れ、赫く爛れて剥がれた表皮。人々の願望か先入観か、服だけは幽霊らしい白いものを身に纏った、ヒトらしき何者かは確かにそこに存在した。恐怖に煽られ、望まれ、生まれた怪異だ。
「被害者のIさんは、身長百六五センチ、学生時代にはローカル紙で紹介されるような、長い髪の美しい女性だったそうです。……どうでしょう、これぞ最期の姿と信じて作り上げられた、彼女は」
身長は百四十センチほどしかない。乾燥機で回って然るべき体格を、この怪異は与えられている。顔面は判然とせず、女かどうかは、どことなく丸みを帯びた肩のラインからしか想像のしようもない。焼け切れた髪は嫌な臭気を放ち、ほとんどないようなものだ。
「……これ以上、人の目に晒していいものじゃない」
「同感です。じゃあ、片しましょう」
二人が身構えると、〈八番ドラム〉の怪異は敵意を剥き出しに飛び掛かった。操り人形のように、ぎこちない動きでありながら俊敏だ。
「なんでこんなに攻撃的なんだ」
「殺された怨みから、男を襲うんだそうですよ。噂では」
ナオは小さく舌打ちする。
「いらないお節介だ」
血塗れに割れた爪が、ナオの頸筋を掠めた。鋸の刃でも這わされたようだ。裂けた内皮がじりじり熱を持って痛み、ぬらつく熱がシャツと肌の合間を滑り落ちる。
けたけたと嗤う怪異は二の手を繰り出すも、その狂気が再びナオに届く前に、カノジョは何かに吹っ飛ばされた。勢いよく窓硝子に衝突するも、およそ三十キログラム分の衝撃は感じられない。
「大丈夫ですか、ナオくん」
今し方、怪異を突き倒した蛇の目を開き、カナタは子供のようにくるりくるりと柄を捻り回す。
巻かれた空気の中に名残りを残す、焼け焦げた髪の臭いがナオの鼻腔をつく。いよいよ胸が悪くなり、胸ポケットに忍ばせたピルケースを振れば、さらさらと零れるのは塩だ。
指先に乗せた一粒を舐め、息を整えると、ナオは両の手を強く打ち合わせた。
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