怪異×退治

1/1
前へ
/10ページ
次へ

怪異×退治

 ゆらりと身を起こす〈八番ドラム〉の怪異は、音を頼りに再びナオに飛び掛かった。 「カナタさん。此処からシテン」 「……あいわかりました」  塩を舐めた指に頸筋の血を掬い、ナオは身を屈める。襲い掛かる怪異を、その足元に滑り込むようにしてかわし、テーブルの下を潜り抜けた。怪異は尚も、這ってまで追い縋ってくる。 「そこな、お姉さん(レディ)。邪魔立て無用。僕と遊びませんか?」  ランドリー内を、一つの意志のもとに駆けるナオと、追い立てるカノジョとの間に、蛇目を差した青年がふわりと飛び込んだ。  開いた傘の中心円が、くるくるりと回る。(くる)、狂と……からかうように回る蛇目に苛立った様子で、カノジョは奇声を上げがむしゃらに爪を振り回した。  しかし、いくら喰らいついても、カノジョの爪はカナタの髪一本たりとも掠めることはできない。  カナタの蛇目はまさしく蛇の目。見つめた者を惑わし、その身の自由を奪う。 「触れたいのに触れられないのは、でしょう?」  背後でくすりと笑う声がするも、振り向きざまにカノジョが浴びせる爪は空を掻く。 「いま、ナオくんが頑張っていますから、もう少しお付き合いくださいね」  今度は前方。今度はどっち?  踊るように、躍らされる。  そうしているうちに、ナオの声が上がった。 「シュウテン」  ナオは初めに塩を舐めた所に立って、奇妙な形に組んだ手を顔の前に掲げている。 「結びました」 「はい、それじゃあ」  カナタは蛇目を閉じて槍のように構えると、露先を怪異に向ける。  冷徹な一突きが繰り出される──、そう感じたのだろう。なにせさっきはその一撃で窓まで吹っ飛ばされたのだから。怪異は意外にも冷静な思考を持ち合わせていた。カナタに触れるのを諦め、いま一度ナオに狙いを定めて、俊敏に飛び上がった。  一瞬の隙に、もうナオの眼前にカノジョは降り立つ。 「……」  背後で滑り落ちたカナタの声に、カノジョはしてやったりと歪な笑みを零した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加