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怪異×退治
ゆらりと身を起こす〈八番ドラム〉の怪異は、音を頼りに再びナオに飛び掛かった。
「カナタさん。此処からシテン」
「……あいわかりました」
塩を舐めた指に頸筋の血を掬い、ナオは身を屈める。襲い掛かる怪異を、その足元に滑り込むようにしてかわし、テーブルの下を潜り抜けた。怪異は尚も、這ってまで追い縋ってくる。
「そこな、お姉さん。邪魔立て無用。僕と遊びませんか?」
ランドリー内を、一つの意志のもとに駆けるナオと、追い立てるカノジョとの間に、蛇目を差した青年がふわりと飛び込んだ。
開いた傘の中心円が、くるくるりと回る。狂、狂と……からかうように回る蛇目に苛立った様子で、カノジョは奇声を上げがむしゃらに爪を振り回した。
しかし、いくら喰らいついても、カノジョの爪はカナタの髪一本たりとも掠めることはできない。
カナタの蛇目はまさしく蛇の目。見つめた者を惑わし、その身の自由を奪う。
「触れたいのに触れられないのは、不自由でしょう?」
背後でくすりと笑う声がするも、振り向きざまにカノジョが浴びせる爪は空を掻く。
「いま、ナオくんが頑張っていますから、もう少しお付き合いくださいね」
今度は前方。今度はどっち?
踊るように、躍らされる。
そうしているうちに、ナオの声が上がった。
「シュウテン」
ナオは初めに塩を舐めた所に立って、奇妙な形に組んだ手を顔の前に掲げている。
「結びました」
「はい、それじゃあ」
カナタは蛇目を閉じて槍のように構えると、露先を怪異に向ける。
冷徹な一突きが繰り出される──、そう感じたのだろう。なにせさっきはその一撃で窓まで吹っ飛ばされたのだから。怪異は意外にも冷静な思考を持ち合わせていた。カナタに触れるのを諦め、いま一度ナオに狙いを定めて、俊敏に飛び上がった。
一瞬の隙に、もうナオの眼前にカノジョは降り立つ。
「……しまった」
背後で滑り落ちたカナタの声に、カノジョはしてやったりと歪な笑みを零した。
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