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第355話 リースの幸せ
「そ……………んな」
「リース様っ!?き、貴様!!よくもリース様をっ!!」
腹を貫かれ、徐々に力が抜けていくリースを抱き止め地面に寝かせたセバスは思わず、激昂して敵に掴みかかった。あまり感情の起伏が激しくないセバスにとって、それはかなり珍しいことだった。裏を返せば、セバスにとってはそれほどの事態だったともいえた。
「っ!?ぐはっ!?」
勢いよく突っ込んだセバスはしかし、またもや敵の貫手により、リースと同じ結末を辿ってしまった。そんなセバスがふと敵の正体を掴もうと倒れ伏す間際に上へ視線を向けるとそこには驚くべき顔があった。
「安心しろ。仲良く同じ場所へ送ってやる」
「っ!?お、お前はっ!?一体、何故ここに!?」
敵は至って無表情、なおかつ何か強い想いによって突き動かされてでもいるかのように次のターゲットへと目を向けた。すると、そこには従魔部隊のメンバーであるグリフ達がいた。
「っ!?いかんっ!?グリフ!!皆を連れて逃げてくれ!!そいつは……………」
ところが、セバスの声が届く前に敵は一瞬でグリフ達の近くまで移動すると同じ要領でそれぞれを貫いていった。
「「「「「がはっ!?」」」」」
そこにいたのはどれもが伝説の魔物として恐れられている存在なのだが、敵にとってはそんなことはもはや関係ないとばかりに次々と手にかけていった。結果、リース率いる従魔部隊のメンバーは全員が地に伏す形となってしまった。
「く、くそっ。何故、こんなことに……………」
「がはっ…………ううっ」
「リース様っ!?」
そんな中、セバスが倒れたまま険しい表情で全員に回復を施しているとリースが急に口から血を吐き、痛みに苦しみ始めた。
「い、一体何故傷が塞がらない!?攻撃を受けた直後もこうしている今でさえ、魔法を使っているというのに」
セバスは焦り、自然と溢れてくる涙を止めることも忘れ、一心不乱に魔法を使い続けた。と、そこへ頭上から彼らを絶望へと叩き落とす恐ろしい言葉が齎らされた。
「一生懸命なとこ悪いが、それ無駄だぞ」
「は?一体何を言っている!!」
「俺の攻撃は少し特殊でな、食らった者は治癒や回復など効かず、欠損も治ることはない」
「っ!?……………なんてことだ」
「じゃあな。俺はもう行く」
「ぐっ、待て」
「それはできない相談だ」
背を向け歩き出す敵を見送ることしかできない自分に対して、様々な感情が沸いたが今はそんなことどうでもいいとセバスはありったけの想いを込めて叫んだ。
「シンヤ様っ!!お助け願います!!」
「セバス……………これは一体どういうことだ?」
「申し訳ございません。私がついていながら」
セバスの叫びを聞いたシンヤはすぐさま地上へと降り立ち、その惨状を目にして言った。その表情は到底理解ができないと言いたげだった。
「とにかくすぐに魔法で回復する。あまり大きな声で喋るなよ?」
「い、いえ。私なんかよりもリース様達を優先して下さい」
「馬鹿野郎!お前を含めた全員、まとめて回復するに決まってんだろ!!」
シンヤは叫びつつ、魔法を使う。しかし、いつもならすぐに効くはずの魔法がどういう訳か、上手く作用しているとは到底思えなかった。そのことに焦ったシンヤは注ぎ込む魔力を徐々に多くしていった。
「くそっ!?どういうことだ!!」
ところが、リース達の状態が良くなることはなく、依然として苦しい状態は続いていた。すると、ここでセバスが驚きの言葉を口にした。
「シンヤ様でも駄目でしたか」
「ん?一体どういう意味だ?」
セバスはシンヤからの質問に先程起きた一部始終を全て話した。すると、シンヤは話を聞いているうちに表情がどんどん変わっていき、終いには怒りを通り越して無表情となっていた。
「ううっ……………シンヤ」
「っ!?」
そんな時、リースがか細い声で呼んでいるのが聞こえたシンヤはそばまで近付き、リースの身体を抱き起こした。
「リース、すまない。遅くなった」
「ううん。来てくれただけで嬉しいから」
リースは儚い笑みを浮かべながら答えた。しかし、その表情は愛する者に会うことかできた喜びと嬉しさで一杯だった。
「ごめんね…………僕、ドジ踏んじゃったみたい。敵をみすみす取り逃しちゃった」
「何言ってんだ。お前のおかげで不確定要素の存在を知り、俺はここに来ることができた」
「でも、結局何も出来なかったよ……………情けないや」
「お前程の奴が一瞬で出し抜かれるような敵だ。間違いなく、俺が上で戦っていた奴らよりも強いだろう。これは俺の想定ミスだ。本当にすまない。俺のせいでこんなことに……………」
「謝らないで…………シンヤは何も悪くないよ………………僕ね、世界中に届けられたシンヤの声を聞いて、とても嬉しかったんだ」
「リース?」
「僕が初めて会った時と変わったなって………………もちろん、以前のシンヤが悪いってことじゃないけど……………でも、僕は今のシンヤの方が断然好きだな」
「リース……………」
「それに比べて、僕は駄目だね。あの時とまるで変わってない。まだまだ世間知らずで弱いまま………………ううっ、ぐずっ……………シンヤぁ………………僕、もっともっと強くなりたかったよ…………そしたら、こんな」
「もういい。もういいから、喋るな。傷に障るだろ」
「ううん。喋らせて……………これが最期だから」
「リース!!何を言ってる!!最期なんて」
「お願い」
「っ!?……………分かった」
「ありがとう」
シンヤは初めて向けられたリースの有無を言わせぬ態度に驚くと同時に彼女の好きなようにさせようと静観することに決めた。
「僕ね、今とっても幸せなんだ。なんせ昔からの夢が叶っちゃったんだから」
「夢?」
「うん。僕の夢、それは2つあって1つは家柄的なものでもう1つは個人的なものなんだけど……………」
「聞かせてくれ」
「うん。僕の夢、それはね……………フォレスト国の豊かな繁栄とお嫁さんになることだったんだ」
「…………そうか」
「1つ目の夢はシンヤ達がフォレスト国を変えてくれたこと、あとは結婚式でのお父さんの様子を見ていたら、この先もきっと大丈夫だと思ったんだ」
「そうか」
「2つ目はついこの間、叶っちゃった。それにお義父さんとお義母さんにも会えたしね」
「お袋には会ってないだろ」
「ううん。ついこの間、夢に出てきたよ……………"私は運の女神フォルトゥーナ。シンヤの母です。あの子のことをよろしくお願い致します"って」
「あいつ……………」
「だから、僕は今、とっても幸せなんだよ」
そこで急に俯き、再び肩を震わせるリース。シンヤはそこから視線をあえて逸らさず、リースの顔を見続けていた。
「ぐずっ……………本当だったら、シンヤと新婚旅行で色々なところに行きたかったし、美味しいものをもっと食べたかった……………ティア達とのお風呂も楽しかったし、みんなも良くしてくれた………………僕にはこんなにも沢山の仲間が、家族ができた。昔だったら考えられなかった。そして、何より」
そこで今までで一番の笑顔を見せたリースはこう言った。
「少しの間でもシンヤのお嫁さんでいられた…………シンヤ、本当にありがとう。僕と出会ってくれて……………僕を拾い上げてくれて……………僕を仲間に入れてくれて………………僕を好きでいてくれて」
リースの言葉に自然と涙が溢れ始めたシンヤはそれを拭おうともせずにリースを抱き締めて叫んだ。
「礼を言うのは俺の方だ。本当にありがとう。俺と出会ってくれて…………俺についてきてくれて…………………俺の家族になってくれて……………そして、俺を好きになってくれて」
「ふふふ。幸せだ……………僕達……………両想いで……………気が合うね」
「っ!?リースっ!!」
リースはその言葉を最期に一瞬力が緩んだシンヤの腕をすり抜けて地面へと倒れ伏した。その時、シンヤはリースの言葉に聞き覚えがあり、咄嗟にあの時のことを思い出していた。それはリースが仲間になって程なくして、一緒に風呂に入っていた時のリースとの会話の部分だった。
「えっ!?じゃあ、シンヤもあの魔物のお肉が大好きなんだ」
「ああ。だが、それだけじゃないぞ。お前が好きだと言っていた"フォレストフィッシュ"も今じゃ、俺の大好物だ」
「えっ!?じ、じゃあ、ふかふかベッドは?あれ、凄く気持ちいいよね〜」
「ああ。あれも大好きだぞ。他の連中は寝るぐらいだったら、もっと動いていたいって共感してくれなくてな」
「へ〜そうなんだ…………あ、じゃあじゃあ、ここのお風呂は?」
「少し落ち着けよ」
「え〜でも」
「安心しろよ。お前が好きだといったもののほとんどは俺も好きだから……………もちろん、風呂もな」
「うわ〜そうなんだ〜」
その直後、嬉しそうな笑顔を浮かべたリースはこう言った。
「ふふふ。何だか、僕達って気が合うね」
気が付けば閉じていた瞳。それを開けたシンヤがリースの顔を見ると……………彼女はあの時と全く同じ幸せそうな笑顔を浮かべていたのだった。
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