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第11話:自称"新入り"
僕の名はシャウロフスキー。このクランの中では新入りの冒険者だ。
「おい、シャウ!いつまで新入り気分でいるんだ。もう後輩達もどんどん入ってきてるんだぞ」
いや、嘘です。自称"新入り"の冒険者です…………いや、だって!しょうがないよ!そうやって、ハードル下げとかないとここでやっていくのは精神的に大変なんだから!
「どうした?何か言いたいことでも?」
「ううっ…………すみません。何でもないです、カグヤさん」
「はぁ〜……………お前、この後は予定ある?」
「いえ」
「じゃあ、ちょっと付き合え」
カグヤさんに連れられてやってきたのは幹部のみなさんが会議とかで使う一室だった。本来、僕なんかが立ち入れる場所ではないはずなんだけど、カグヤさんが"アタシが許可する"とか言って、僕も入れてくれたのだ。中は想像していたよりもずっと快適そうだった。真ん中に大きな丸テーブルと椅子がいくつも並んでおり、それ以外の空間は座り心地の良さそうなソファーや椅子、さらには寝転べるスペースなんかもある。そして、その脇には多種多様な飲み物が出てくる魔道具やキッチン、映像の魔道具なんかもあった。個人的にはこれらが一番羨ましかった。
「ほれ」
そう言って、カグヤさんが手渡してくれたのはニーベルさんが造ったであろうお酒だった。しかし、来る時に酒蔵を通ってきたはずなのだが、このお酒はたった今、魔道具から取り出していた……………一体、何故なのだろう。
「あ、ありがとうございます」
「そいつを飲んでみろ」
「今、ここでですか?い、いいんですか?」
「ああ」
カグヤさんの許しを得た僕は恐る恐るお酒に口をつける。そして飲んだ瞬間、僕は衝撃を受けた。
「どうだ?ここで飲む酒は別格だろ?」
「…………はい」
そうなのだ。パーティーとかで振る舞われている時とはまるで違う。幹部でもないのにこの場所で飲んでいるという背徳感、その一方で自分がさも幹部にでもなって優雅なひと時を過ごしているという高みの見物感のある妄想……………それを同時に感じられる、そのぐらい高揚感のある一杯だった。しかし……………
「それだけじゃない」
「っ!?」
カグヤさんに見透かしたような目で見られ、僕は思わずビクッとする。
「味もまた格別だろ?魔道具から取り出したにも関わらず、味が全く落ちていない」
そう。一番の問題はそこなのだ。通常、魔道具を介することによって、その質が幾分か落ちてしまうことは周知の事実だった。例えば、発光の魔道具を使うぐらいなら魔法で光を発した方が効力・効率共に良いし、近い距離での連絡ならば通信の魔道具を使わずとも魔法でテレパシーのように相手に伝えた方がいい…………まぁ、テレパシーなんてそんなことができるのはそれこそ、このクランの人達ぐらいのもんだけど……………と話が少し逸れたが、どっちにしてもそれは今回の飲み物を出す魔道具もしかり。直接、酒蔵で手渡されたのよりも必然的に味や質が落ちてしまうはずだった。
「なのに……………何で?」
「それはな……………あいつが日々努力しているからだ」
「え……………」
「自分の才能がどうだとか、時間がないだとか……………そんな余計なことを考えている暇があったら、あいつは自分が今したいことに力を注いできた。そして、それはあのレベルになってもまだだ」
「……………」
「来る時に酒蔵の様子を見ただろ?あいつはどんな感じだった?」
「……………活き活きとしていて楽しそうで…………でも、どこかで真剣で……………なんか色々な表情が垣間見えました」
「だろうな。それは毎日を大切に悔いの残らないよう過ごしているからだ。いいか?他のところはどんなか知らねぇが、アタシらのところにいる以上、"ただ、なんとなく"なんて過ごし方はダメだ。ましてや、受け身のような人生など以ての外」
「うっ」
「いつまでも新入り気分で甘えるな。何かしら、できることはあるはずだ。それでももしも、本当に辛くて嫌であるのなら………………その時はうちを辞めて、他の職に就けばいい。それこそ、冒険者でなくても稼げる職業は沢山ある」
「……………」
「とまぁ、色々言ったが……………どうやら、お前の目はそう言っていないようだな」
「はい。もちろん、皆さんについていったり後輩に追い越されないようにするのは大変です……………でも!ここでしか得られないものがある!そんな大変さ以上に楽しいことやワクワクすることがここにはあるんです!!」
「そうか」
「すみませんでした。そして、ありがとうございます!僕の甘さを指摘してくれて……………そして、なにより僕に僕自身の甘さを認めさせてくれて」
「まぁ、それが狙いだからな」
「はぁ、敵わないや。まだまだ遠い」
「だが、それを目指すのもワクワクするだろ?どうだ?次回からは堂々とここに入ってみたくないか?」
「全く……………どんな発破のかけ方ですか」
「お、さっきよりも言うようになったな」
「色々と吹っ切れましたから。それに上に楯突くぐらいの気概があった方がいいでしょう?もちろん、最低限の礼儀は必要ですが」
「お、いいねぇ。んじゃ、明日からはアタシが直々に指導してやろうか?」
「いえ、それは結構です。ちょっとやってみたい特訓を思いついたので」
「へぇ〜……………あ、そうだ。で?さっきの質問の答えは?」
その問いに対して、僕は自信満々にこう答えた。
「ここで飲むぶどうのジュースもさぞかし美味しそうだ」
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