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ウエディングドレスの試着を丁重にお断りして、式場を出る頃には正午近くになっていた。
料理は美味しかった。長々としたプラン説明には居た堪れなさを感じたが、案外、亮介は気軽にこのデートを計画したのだと知った。
凛花は珍しい真っ青なバージンロードに感嘆の声をあげてみせ、亮介も満足そうにスタッフの話に相槌を打つ。
「結構お腹いっぱいになったな」
「うん、美味しかったね」
具体的な話はなくても、なんとなく凛花を流れに乗せてくる、思えば亮介にはそんな一面があった。流されることは嫌いじゃない。それが心地よい流れであるなら尚更。
表参道から原宿駅へ戻る道の途中で、亮介の行きつけの服屋があるというので立ち寄った。小ぢんまりとしたお洒落な店で、亮介は対応した女性店員とも顔見知りのようだった。
試着すると言うので、凛花は亮介の脱いだコートを預かる。
試着室の前で待っていると、ブーッ、ブーッと亮介のコートのポケットが震えだした。
「亮介、スマホ鳴ってる」
「マジ? あ、ちょっと誰からか確認してもらってもいい?」
「え、いいの? 見て」
「いいの? って、俺、隠し事とかないからいいよ。当たり前じゃん」
亮介のコートを広げると、右のポケットでまだスマホが震えている。
凛花は躊躇した。自分以外の人のポケットに手を突っ込むのは、なぜだか勇気がいる気がした。例えそれが恋人でも。
戸惑っているうちに、スマホは鳴り止んでしまった。
凛花は覚悟を決め、そっとポケットの暗闇に手を差し入れた。スマホの硬質で冷たい感触。平たいそれを取り出して、画面を見た。
「誰からだった?」
試着室の中から声だけで亮介が尋ねてくる。
「えっと、山川龍聖、あ、同期の山川くんだ」
「山川か、何の用だろう。あとでかけ直すか」
亮介は試着室のカーテンを開けると、凛花のほうへ歩み寄りコートとスマホを受け取った。その場でコートを着て、試着したセール品のセーターを店員へ返す。
「買わないの?」
「うん、着てみたらなんか違った」
「そっか」
店を出ると、冷たい風が頬にあたる。店内の暖房が効きすぎていたせいで、北風さえ心地よい。
亮介が隣に並んで黙って見つめてきていると思ったら、突然、凛花のコートのポケットに手を入れてきた。
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