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3、リアルサイド
その週の金曜日、デートの約束が曖昧な理由で反故になり、凛花は仕事が終わると早々に帰途に着いた。
学生時代から住み続けている狭いワンルームで、缶ビールのプルトップをひとり起こす。風呂上がりの身体に冷たい泡が落ちていく。
アルコールは好きではないが、こんな日のためにいくつか常備してある。
サイドテーブルの上で、スマートフォンが音をたてていた。
まだ濡れた髪をタオルで挟みながら、凛花はそれを黙って見つめた。
しばらく鳴り続けると一度静かになり、少し間を置いて再び震えだす。凛花はタオルを首に掛け、仕方なく画面を見た。案の定、亮介からだった。
缶ビールと入れ替えに、スマホを手に取る。
「もしもし」
「あ、凛花? ごめんな、今、忙しかった?」
いつもよりも少しだけ声が硬い。それをほぐすように、凛花はなるべく明るく聞こえるよう声を作った。
「ううん、髪乾かしてただけ、大丈夫だよ」
「今日、ごめん。約束キャンセルして」
「いいよ、気にしてない」
続く沈黙がこんなにも雄弁だなんてこと、あるだろうか。気のせいであってほしい、心の中で凛花は思った。
「あのさ」
「うん」
間違いであってほしい。
「あれからずっと考えてた」
思い過ごしであってほしい。
「俺たち、やっぱり別々の道を行こう」
言葉にされると思っていたよりもずっと重く、ついさっき飲んだばかりの泡が胃の奥からのぼってくるような心地がした。じぃんと耳の奥が鳴る。
まだ何かを言いかける亮介の言葉を遮って、
「いいよ、わかった」
それだけ言うと、静かに電話を切った。
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