3、リアルサイド

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「ねぇ、凛花ちゃん、前にお付き合いしてる人がいるって言ってたでしょ?」  ──そんなこと言ったっけ? 頭が回らないせいで思い出せない。母が探るように何度も電話をかけてくるから、亮介のことを話したことがあったかもしれない。 「何も心配いらないからね」  ──何が? そう言いかけて、口をつぐんだ。母の言わんとしていることがわかった。 「お兄ちゃんのお給料は貯金して、将来入所する予定のグループホームの費用に充てるから。その話も少しだけど進んでいるからね」  長い年月をかけ母は少しずつ、現実と向き合っていた。 「お母さん、私、結婚しないよ。別れたんだ」  ついさっき、とまでは口にしなかった。  電話の向こうで母が言葉に詰まるのがわかる。少しの沈黙の後、震えを抑えるような声で「そう」と短く言った。  なぜ別れた? あんたが至らなかったせいじゃないの? 今すぐ謝ってよりを戻しなさい。  凛花の頭の中で、母の金切り声が責め立てる。だがスマホの向こうの母は、隠れるように小さく息をついただけだった。  いつかの砂浜を思い出し、凛花は記憶の根源を探る。あぁ、これは夢の話。  波打ち際に、凛花は素足をさらしている。凍るように冷たい水。季節は冬だったかもしれない。厚い雲に覆われた空の下、足首まで海に浸かった母と兄の背中を見ていた。  ──それからどうしたんだっけ?  凛花は浜辺にしゃがみこみ、砂粒を数えていた。そうだ。シーグラスを探していた。あの特異な、透き通る石が好きだった。  あまり整備されていない砂浜の、灰色一色に見える砂の中には、目を凝らして見ると様々な色の石が散りばめられていた。黒、(うぐいす)黄檗色(きはだいろ)、それらを指でひとつひとつ確かめながら、あの透明な美しい石を選り出すのが好きだった。  シーグラスのように、波に洗われ、時を経て、母は丸くなったのだろう。角が取れ、無数の砂に紛れ、誰かの素足を傷つけることもない、そんな存在になったのだろう。  傷だらけで輝きは失えども、目の前の家族を守れるほどには強くなったのだろう。 「年末、そっち帰ってもいい?」  ふいにそうつぶやくと、亮介に別れを告げられた時には流れなかった何かが、剥がれ落ちるように頬を滑り落ちた。 「帰っておいで。お父さんも待ってるからね」  その声音はあまりに優しく、母も老いてゆくことを知った──。
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