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1、イルミネーション
街路樹に絡みついた電飾が、冬の弱い太陽の下で半透明なコードを晒している。
まるで子ども騙しの手品の種明かしみたい、時枝凛花は思った。
師走に入ったばかりの日曜日、待ち合わせのために表参道を訪れている。
「ごめん、お待たせ」
ヒルズの正面入り口に立つ阪田亮介を見つけ、凛花は小走りに駆け寄った。約束した待ち合わせの時間から10分が経過している。
「何、寝坊?」
亮介は不機嫌になる様子もなく、隣に並んだ凛花の手を握る。
「違うの、乗り換えミスっちゃって。ほんとごめん」
途中、乗り換えで降り立ったホームの向かい側にやって来た電車に、素直に乗れば良かったのだ。
凛花は思い出して苦々しい気持ちになる。
わざわざ階段を上り下りしてまで間違った電車に乗ってしまったのだから、自分のことながら情けない。
浮かない顔を隠せない凛花を元気づけるように、亮介が言った。
「凛花んちの最寄駅で待ち合わせすれば良かったな」
「そうしたら亮介が遠回りになっちゃうでしょ、今度からは気をつけるから。ありがと」
ウィンドーショッピングをする人たちが行き交う大通りを、亮介の足の向くまま、ふたり歩いた。
亮介は職場の同期で、恋人だ。新人研修の頃、同じチームだったことをきっかけに、気の合う友人として六年、付き合い始めてからはそろそろ一年になる。
ただの友人同士だった頃から、凛花は密かに亮介を憎からず思っていた。そんな凛花の気持ちに気付いていたのか、亮介が学生時代から交際していたという女性と別れてひと月ほどのち、別々だった糸が絡まるようにしてふたりは付き合い始めた。
一見したところスマートで如才ない印象の亮介だが、恋人になった途端、甘えたがりな表情を見せてくるようになった。
愛情表現が素直な亮介に、これまで恋愛に消極的だった凛花は最初こそドギマギさせられっぱなしだったが、長かった友人時代の賜物とでもいうのだろうか。交際一年が経とうとしている現在では、恋人でもあり、友達の延長でもあるような、凛花にとっては気楽な関係を保てている。
「今日はどこ行くの?」
時刻は午前10時前。ランチタイムにはだいぶ早い。今日の予定を、凛花は何も聞かされていなかった。
「実は予約してるんだ」
「え? この辺のレストラン?」
高くない? そう言いかけて慌てて飲み込む。
凛花の言葉を見透かしたかのように、亮介は少し得意げな顔をした。いいからついてきて、そう言わんばかりに繋いだ手を引く。
「もしかして、ここ?」
亮介が足を止めた先の建物を見上げて、凛花は小さく驚きの声をあげた。
白い瀟洒な外観の、結婚式場だった。
「式場見学で、披露宴のコース料理を試食できるんだって」
「へぇ」
思わず返事が棒読みになってしまう。
「あ、急だったし、もしかして嫌だった?」
亮介が不安そうに凛花の顔を覗き込んだ。
「ううん、コース料理、興味ある」
凛花は亮介に笑顔を返しながら、頭の中で慌ただしく考えをまとめる。
──プロポーズって、されたんだっけ……? 式場見学って、そういうことだよね。
凛花は最近の亮介との会話を急いで思い返してみる。が、それらしいことを言われた覚えはなかった。
──もしかしてプロポーズされたけど気付かずスルーしちゃったとか? それとも、言わなくてもそれくらい分かれよってこと?
亮介と結婚──。確かに考えないでもなかった。
──これって妥当な時期なんだろうか。
ふたりは来年、そろって三十歳を迎える。
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