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父は若年性のアルツハイマー病だった。
最初は運転する電車のちょっとした運行ミスから始まり、それはだんだんとひどくなっていった。仕事があることをそもそも忘れる。職場への行き方を忘れる。ご飯を食べたことも、よく行っていた場所も、何もかも父は忘れていった。
病院へ行っても、精神的な病気を疑われて、なかなか診断がつかなかった。
そして父は、俺のことを忘れた。
入院している病院に見舞いに行くと、枕元に置いてあった花瓶を投げられた。
「誰だ、お前は! ……そうだ、お前はあれだ、あの時俺を殴ってきたあいつだろう!」
記憶の混乱した父は俺を思い出すことなく、見る度に暴力的な言葉を投げつけた。死ね、クソ野郎、顔を見せるな。そんなことを何度言われただろうか。温厚だった父が変わってしまったのが、ただただ怖くて悲しかった。
俺はそれに耐えられなかった。俺は県外の高校を選んで、逃げるように――この町を、父を捨てるように、家を出た。
その数日後に父は亡くなった。懐中時計だけは「これは俺の大事なものだから」としっかりと握りしめて、眠るように死んだらしい。
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