35人が本棚に入れています
本棚に追加
俺よりも時計が大事かよ。俺のことは忘れるくせに、時計のことは忘れないのかよ。父さんなんか大嫌いだ。
そんなドス黒い感情が渦巻いて、ずっと消えることはなかった。父が死んで、10年経った今でも。父が息子より大事にした時計なんて、二度と見たくもなかった。しかし。
「この時計をね、直して欲しいの。良樹にとっては、見るのも嫌な時計かもしれないけれど……」
病気でやつれた母の頼みを、断ることはできなかった。
「あの町の時計屋なら、直せるはずなの。というより……あの時計屋にしか、直せないと思うの」
母はそう言って俺の手に懐中時計を握らせた。小ぶりの銀色の、父が死ぬまで大事にしていた時計。唇をかみしめて、無理やり「わかった」と俺は絞り出すように言った。
ぼおん、ぼおんと鐘の音がする。
最初のコメントを投稿しよう!