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そうか、これが、母の言っていた「過去に戻れる」ということか。俺は時計と一体になり、過去を見ているのか。
俺は唐突に理解した。目頭が熱くなる。また目の前が明るくなって、今度は白い天井が目に入った。
懐中時計をしっかりと握りしめたまま眠っていた父が、ぴくりと小さく身震いする。ゆっくりと目を開いた。
「……良子?」
父が母の名前を呼ぶ。ベッドのそばに座っていた母が立ち上がり、そっと父の頬に手を伸ばした。
「なあに?」
「……良樹は……良樹は、元気か?」
母がはっと目を見開いた。瞳に涙が滲む。
ぐっと唇を噛んで目を伏せた後、笑顔を作って顔を上げた。
「……元気よ。元気でやってるわ。大丈夫」
そう言って父の手を握る。そうか、と掠れた声で答えると、父の手からゆるゆると力が抜けていった。
「……父さん」
俺は思わず手を伸ばす。でも、その手は届かない。だらりと開いた指の間から、かつんと懐中時計が床に落ちた。1時48分。父が死んだ時間だった。
視界が暗転する。秒針の音が迫ってきて、俺は目を瞑った。目の端から熱い雫が流れて、頬をつたっていく。
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