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「……見えましたか?」  老人が、俺に白いハンカチを差し出した。俺はハンカチを受け取って涙を拭い、黙って頷く。 「今のは……俺は、時計と共に過去に戻っていたんですか」  普段の俺なら、馬鹿げた質問だと一笑に付すようなことを、真面目に訊いていた。今見たものは、夢でも嘘でもなかったから。 「……過去には、戻れない」  老人はまた鼻までずり落ちた眼鏡を押し上げながら答えた。 「君が見たのは、時計に刻まれた思い出じゃ。言ったじゃろ、刻まれた思い出は消えない、と。時計は、時を刻むだけではなく、思い出も共に刻んでおるのじゃ」  のう? 良樹くん。老人は俺を見て首を傾げて笑う。名乗った覚えはない。 「何で俺の名前……」 「蓋の裏を見てごらん」  言われて懐中時計の蓋を開ける。銀色に輝くそのふちに、小さな文字で何かが彫られていた。顔を近づけて目を凝らす。  To Yoshiki  ふっと笑みが漏れる。自分の名前じゃなくて、俺の名前を刻むなんて。最初から、俺に贈るつもりだったのか。
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