6

2/3
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 さっきまであったあの時計屋は、変わり果てた姿になっていた。ギョロ目の目覚まし時計の看板は錆びついて傾き、店内は真っ暗で人のいる気配などない。 「……え?」  どういうことだ? 俺は時計屋に目を凝らすが、窓に張り付いた蜘蛛の巣や埃が見えるだけだった。  女性が不思議そうに俺を見つめる。 「そこの、時計屋に……時計を修理してもらったんです……」  女性は、そう言う俺と時計屋を交互に見ると、憐れみを含んだ目で俺を見つめた。 「あの時計屋さんは、数年前に亡くなられたのよ……夢でも、見ていたんじゃないかしら」  俺の背中を女性が優しく叩く。そんなはずはない、と俺は口の中で呟いた。  だって確かに、あの時計屋で懐中時計を修理してもらって、俺は時計の記憶を見て、父さんが最後に俺を思い出したことを知って……。    電車が駅に滑り込んできて、扉が開く。俺はよろめく足に必死に力を入れて乗り込んだ。  席に座ると、電車は緩やかに動き出す。寂れた時計屋が遠ざかっていく。  そうだ、懐中時計は。  俺は慌ててポケットの中を探った。ちゃり、とチェーンが指に当たる。そっと取り出して、よく磨かれた表面を撫でた。  蓋を開けると、確かに俺の名前が刻まれている。軽い秒針の音も聞こえる。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!