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 唇を噛んで、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。指先に触れる金属のチェーンを弄ぶついでに引っ張り出してみると、錆びた懐中時計がころんとポケットから転がり出る。薄い蓋を開いて盤面を見るが、針は1時48分を指したまま動かない。  俺はただ、壊れた懐中時計の修理をするためにこの町に来た。それだけだ。自分に言い聞かせるように心の中で呟いて、ぱちんと時計の蓋を閉じる。ちょうど電車も緩やかに減速して、目当ての駅に停車した。 「変わんねえなあ」  俺は思わず声を漏らした。駅の周りにあるのは、この町唯一の大きな病院に、お巡りさんがいるのかいないのかよくわからない小さな交番。そして潮風で錆びたバス停。俺がこの町を出た時と、何も変わっていない。幼くて無力な、昔に戻ったような、そんな錯覚を覚えて足がすくんだ。  海から強く冷たい潮風が吹く。ぶるりと身震いした後、コートの前を手で合わせて「行くか」と呟いて足を踏み出した。
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