001 大神コハク

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001 大神コハク

「寝るな!サクヤ!」 「……むぅぅ……りふのぉ……」 「ね・る・な!ここ学食!」 「……ん!? コハクかあ……ぐぬぬぬうぅぅぅ〜」 「たく、女子が公共の場で居眠りするかあ?」 五條咲耶(さくや)は私の親友。 1年生のとき、バンドサークル「BEATWAVE(ビートウエイブ)」の見学で一緒になって、そこで仲良くなった。 私は大神(おおがみ)コハク。C大の商学部2年。 学部は違うけど、ふたりは毎日ずっと一緒にいる。 「やっと起きた?それで次のセリフは──」 「腹へったあ!」 私はサクヤと声を合わせておどけた。 これが2人の定番だ。日課といってもいい。 ここはC大学の学食「乃木家(のぎや)」。 バンドサークル「BEATWAVE(ビートウエイブ)」の「たまり場」だ。 ── C大学は学食が有名で、なんと4階建の建物に食堂ばかり10件も入っている。 和洋中華はもちろんハンバーガーのチェーン店まである。 「乃木家(のぎや)」は その4階にある。 長いカウンターは「定食」「どんぶり」「そば・うどん」の3つの受付口に分かれていて、メニューが書かれた木の札が所狭しと壁にかかっている。 結構年季が入っているが小綺麗な感じで、10件の学食のなかでも人気の食堂だ。 空きコマのとき、私たちは必ずここにくる。 「ほれ、買っといたげたよ『ヌルポップ』!」 シルバーグレイの缶飲料を コトッ とサクヤの目の前に置く。 「マジか!めっちゃ飲みたかったんだ! 何味?何味?新味?」 「『言いたいこと言えなくて悶々とする味』w」 「もはや味じゃねーw」 プシュううううッ!! 『ヌルポップ』は今年発売された炭酸飲料。 何味だかよく分からないクレジットが大学生にウケて、そこから大ヒットになった。CMもめっちゃ流行ってる。 実際、味も、強めのシュワシュワ感もすごくイイ。 「ご飯は?また2階でダムダム食べてきたの?」 「うん、ダムダムバーガー結構好き。……てかあんたこそ、いっつも食べるもの同じだよね。今日もハムカツ定食?飽きない?」 「いやホンットに美味しいから!いっぺん食べてみって!もういくらでも食べれる! 「で、でもさあ、たまには別の…」 「いやもう一生食えるからw 1時間もしたらお腹が空いてまた食べたくなるんだよ!」 「ふう〜ん・・・」 ……まただ。 いつもここで、このくだりで、罪悪感をもつ。 とてつもないストレスに押しつぶされそうになる。 私は「ニンジャ」。 使う「ニンジュツ」は「変わり身」だ。 石でも草でも、そのへんにあるもの何でも めっちゃ美味しい食べ物に変えられる。 誰にも絶対気づかれずに、しかも本当に美味しくできる。 変えられるのは食べ物だけだ。だから「バーチャルフード系」とも呼ばれている。 バーチャルフードには副作用があって、食べてもすぐに消化されてしまい、そうすると無性に同じものが食べたくなってくる。 ──そう、ここのハムカツ定食は私の作ったバーチャルフード。 最初はメモ用紙をハムカツに変えていた。 でもさすがに罪悪感ハンパなかったんで、今はシソの葉をハムカツに変えてる。 そんなこんなで、ここ、C大学の「乃木家(のぎや)」にあるハムカツ定食は、超人気の看板メニューになっている。 「コハクも一回食べてみなって!ハムカツ定」 「いや、だから肉はダメなんだってば」 「だってダムダムバーガーは?肉っしょ!」 「だから豆腐バーグがあるんだ……って、このくだり、何回やった?」 「まあ、千は余裕でいってんじゃねw」 「いってるw」 「──エスディージーズ」 「なんソレ?」 「環境的なやつだよ、豆腐で肉を作るってそういうことでしょ」 「違うよ、それを言うなら『なんとかミート』でしょ。アメリカとかで流行ってるベジタリアン的な」 「でもさ、ソレって結局環境にいいんだよ。畜産業とかは森林破壊に繋がるから。SDG’sには17のゴールと169のターゲットがあって、海の豊かさを守ろう、とか陸の豊かさも守ろう、っていうのがあんのよ。」 「すごっ!なんソレ?授業?」 「まあね!あとフードロスを無くそう、とかね。だから、わたしは絶対残さないんだよ!」 「・・・・」 「どした?」 「いや、別に……」 はあ…… こんなに仲がいいのに、大好きな親友なのに、その人の健康にも関わる重大な秘密を隠している。 自分でもよくメンタルが壊れないと思う。 こんなこと すぐにでもやめたいがそれは無理だ。 なぜなら私たち「ニンジャ」は「ニンジュツ」を使い続けることでしか生きていけない…なんていうか、そういうシステムの「裏社会」で生きているからだ。 ・・・いや、生かされていると言っていいかもしれない。 --------------------------------------------- (その夜、一人暮らししているコハクの部屋 スマホのミーティングアプリにはひとりの女性が映っている) 「はい、コハクちゃん、今月は4ポイントね!」 「少なっ!」 オトさんは私たちのボス。色白で目が大きい女の子ということだけで、経歴はまったく分からない。 オンラインでの見た目は普通の女子高校生といったところ。まあ、バーチャルだけど。 「コハクちゃんはもうちょっとだけ、練度(れんど)あげて欲しいのよねー」 「……だけどオトさん、私のニンジュツって、なんか役に立つんですかね?」 「何言ってるの!食糧難の時代でしょ、めっちゃ需要あるじゃん。実はもうすでに大学の生協と交渉中なの。」 「生協?」 「学食、全部バーチャルフードにするって!まずは6店舗のメニューをすり替えるって。だから、4月から忙しくなるよ。」 「マジか!!でも大丈夫?さすがにバレるんじゃ?」 彼女はその大きい目をさらに大きく見開いた。ビクッとする。 前にも経験したが、この顔は絶対何か企んでいるときの顔だ。 それに私の勘はよく当たる。特に嫌なことが起きるときは、結構な確率で当たるんだ。 「あなた、よくダムダムバーガー食べてるでしょ」 「!!!!」 「あれ、バーチャルだから。別のフード系にもやらせてるの、色々とね」 「なッ!」 「1階のじゃりんこラーメンも。あれ、ホントは輪ゴムだからw ……フード系のニンジャもたくさんスカウトしてくるからさ、コハクがリーダーでやってもらうね!1月ぐらいにキックオフするから」 「ちょ、オトさ……」 「じゃね!」 思い出した。ダムダムバーガーはめっちゃ美味しくて、2個ぐらいペロッと食べれる。 でも1時間もするとすぐにお腹が空いてきて、また食べたくなることを……。 (つづく) --------------------------------------------- 大神コハク C大学 商学部金融学科2年 クールだが情に厚い 勘が鋭い 時々キレる 口癖は「なんソレ」 【ニンジュツ】「変わり身 - バーチャルフード」  なんでも食べ物に変えられる ---------------------------------------------
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