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拾弍 二人で綴る物語
「あらぁ。私、そろそろ帰らないと…」
カイザル竜帝国の皇宮内にある美しい花園でシエラのお話し相手としてティータイムを楽しんでいたマイリーンはふと時間を気にする素振りを見せて言った。
その場にはシエラは勿論、ミラ、そしてフローラがいた。本日は男子禁制の、楽しい女子会である。
「そっか。この後ブランシュ邸に行かないとって言ってたものね」
フローラが思い出したように言うと、マイリーンはのんびりとした笑顔で「ノア様に課せられた公爵夫人教育が私を待っているのよねぇ」とお気楽そうに返していた。
シエラ達が17歳になる年、ついにノアとマイリーンの婚約が発表されたのだ。ノアに恋をしていたご令嬢は数多く、婚約発表直後はショックのあまり寝込む令嬢が多発したのだとか。ちょっとした『ノアロス現象』が起こっていた。
もちろん嫉妬に駆られたご令嬢達からマイリーンは洗礼という名の嫌がらせを受けていたのだが、持ち前のマイペースさと鈍感さで本人無自覚のまま次々と試練を乗り越えていった。嫌がらせに精を出すのも馬鹿らしくなったご令嬢達から、マイリーンはついにノアの婚約者として認められたのだった。
「やっぱり夫人教育は大変なの?」
フローラが尋ねると「う〜ん、そうでもないかなぁ」とマイリーンが答える。
「教育係がノア様なんだけど、お茶を飲みながらお喋りして一日の日程が終わる時もあるんだよねぇ」
「え、教育係…? 大学も試験前なのに、あの人何してんの?」
自ら夫人教育をノアが担っているという特異な話を聞いたフローラはあまりの可笑しさに思わず吹き出しそうになったが何とか堪えていた。
「ノア様が、私はぼんやりとしていて厳格なブランシュ公爵家からすると威厳が足りないから、自ら教育を行い厳しい教育を課せることで私をブランシュ家の一員に相応しい夫人にしてみせるって言ってたよ」
「へ、へぇ〜…」
フローラは相槌を打ちながら思う。
(ノア様って意外にツンデレなんだ…。結構面倒くさい性格してるんだなぁ)
シエラに片思い中のノアは純情少年だったが、今ではすっかり婚約者に何だかんだで甘いツンデレ青年へと成長したらしい。
(婚約者がなんと言っても、このぼんやり代表ど天然マイリーンだからね)
フローラも記憶に新しいご令嬢達のマイリーン虐めを思い出す。当の本人はぽやぽやとして自分が虐められている事に気付いていなかったが、その隣で婚約者虐めの事実を知ったノアは驚愕しマイリーンを思い心を痛めて苦しんでいた。これはマイリーン虐めならぬノア虐めだな、と側から眺めて思ったものだ。
きっと目が離せないんだろうな…と、マイリーンと長年幼馴染をやっているフローラはノアの心配と苦労にとても共感していた。
シエラが「用事があるなら仕方ないね」と帰宅せねばならない友人に残念そうにしていると、花園の入り口からこちらへ歩いてくる青年が現れた。
「マイリーン!」
ノアだった。
「ノア・ブランシュがシエラ皇后陛下へご挨拶を申し上げます」
「ブランシュ公子、皇宮の花園へいらっしゃい」
シエラとノアが公式的な挨拶を済ませている間、マイリーンはぱちくりとした目でノアを見つめていた。ノアはその視線にすぐ気付き、何故自分がここにいるのかを簡単に説明する。
「父が登城すると仰っていたからついて来たんだ。ほら、僕は来年大学を卒業したら宰相の元で補佐官として働くことが決まっているから挨拶しておきたかったし…」
と、そこで言葉を切りノアはぽやっとした顔で未だこちらを見つめてくる自身の婚約者の視線から、つい目を逸らす。
「…それに君もいるし、迎えに行けば丁度いいかと思って」
僅かに照れているようでノアの頬が赤らんでいた。
「前半は建前で、後半が本音っぽいわね」
「うん、うん。ノアってば分かりやすいねぇ」
その横でフローラとシエラがひそひそと話していた。
「シエラさん、フローラ嬢。聞こえてるから!」
更に顔を赤くさせて、ノアが恥ずかしそうに言った。
この場から退席し花園を後にするマイリーンとノアの後ろ姿を見送りながら、ミラが「羨ましい…」とポツリとこぼす。
「あのお二人は来年に婚姻されるのですよね…」
「うーん、正確には再来年だけど。ノアが大学を卒業したらすぐに式を挙げるって言ってたよ?」
何故か落ち込むミラにシエラは心配そうな面持ちで答えた。
(ロルフと何かあったのかな…)
と、シエラが心配した視線をミラに向けている中、実はミラの頭には大きな悩みで埋め尽くされていた。
それはロルフとの結婚に関わることだ。ロルフとはたまに喧嘩もするが二人の仲はすこぶる良く、周りからもいつ式を挙げるんだと声をかけられる程におしどりカップルであった。
ミラが16歳の時に婚約し、現在彼女は19歳…そう、三年もの月日が経っているのだ。
(婚約まではお父さんの隙を付いてすんなりいけたのに…)
ミラは内心で舌打ちしていた。
(まさかお父さんだけじゃなく…おじいさんまで私とロルフの婚姻を邪魔してくるとは…!)
ミラは愛するロルフと早く式を挙げ婿入りさせて家族となりたいのだが、邪悪な二人の身内にずっとあの手この手で妨害され続けていた。ヴィンセント、ロルフとそこにエドワードからの寵愛をものにするアーサー家遺伝子キラー魔性の女ミラ、まさかの弊害に直面していたのだった。
(…後でミラの話を聞いてあげよう)
何だかすごく落ち込んでいるミラを見つめながらシエラがそう決意した時、フローラも席を立った。
「私もそろそろ帰ろうかな」
「フローラ嬢、お送りしますよ」
ミラはすぐに切り替えて席を立とうとすると、フローラは首を横に振りそれを止めた。
「ミラ先輩ありがとうございます。でも大丈夫です、少し寄るところもありますし」
フローラはニコッと笑って言った。
「フローラも帰っちゃうのかぁ。じゃあ、今日はもうお開きだね」
「うん。また来るからさ」
「絶対だよ〜?」
フローラはシエラとミラに別れの挨拶をして花園を後にする。
「…さ、ミラ。何があったの?」
「シエラ様ぁ、聞いて下さいよ。お父さんとおじいさんが…」
花園に残されたシエラとミラは、まだまだ積もる話がありそうだ。
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