第5話「うんっ!」

1/1
前へ
/6ページ
次へ

第5話「うんっ!」

 ──成人まで残り1日。  昨日の食事会は終始顔が赤いままだったアリスは、食事会後にソルトから「た、大変だ! アリスが風邪を引いたやもしれぬッ!」と心配され、一時城内が大混乱に陥った。  その後、アリスがソルトを心配してなんともないことを伝えると、「あ、アリスが『心配』してくれた……?!」と泣きながら抱きついてきて、騒がしい夜を過ごした。  ただアリスは、人の感情を取り戻してきてわかったことがあった。  ソルトは、アリスを悲しませないために大げさに振る舞っていることだった。  ──だからといって、アリスが明日で死ぬことには変わりなかった。  ◆◇◆  昨日の夜、アリスが布団に潜ったときのこと。アリスはもやもやする気持ちでなかなか眠ることができなかった。  そして、その理由も分かっていた。  1つは、イーサがアリスに構ってくれる理由。アリスの仮説としては、まだ自身が知らない感情だと考えている。  もう1つは、イーサと会うたびに。  なるべく表には出さないようにしているが、イーサと会うたびに……それも、イーサにを感じさせられるたびに。 (それに先程イーサさんにあ、あーん、されたときは、少し鼓動も早くなってた気がします……)  羞恥心以外にも、何か別のもあるのでは。アリスはそう考えていた。  ──……もしかしたら、イーサが求めている感情と……。  ◆◇◆  今日は、城の上の方に位置するテラスに来ていた。 「「うわぁ……!」」  思わず2人は声を揃える。  王城自体が少し高い位置に作られており、その上層部ともなれば、視界に広がるは一面の星空だった。  アリスはそれと同時に考える。 (今、と……と思えたのでしょうか……。イーサさんの助けなしで……。それはまるで……のよう……) 「やっとだね」 「え……?」 「うん。やっとくれた」 「あ……」  そう言われ、アリスは自分の顔を触る。少し口角が上がっているように思える。 「自分の力で感情を取り戻せたね」  イーサは優しく笑う。  その後。2人はしばらく静かに星を眺めていた。  ただ1人で星を眺めていても、アリスは『笑え』なかっただろう。イーサと2人きり、その状況がアリスを大きく変えたのだろう。  そのまま数十秒、いや、2人にとっては数十分にも感じられたのかもしれない。そんな時間が過ぎた。 (──……イーサさんはどんな顔で眺めているのだろう。イーサさんはどんな気持ちで眺めているのだろう)  アリスはなぜだかついイーサのことを考えてしまう。こんなこと、今までなったことがない。 「ねぇ、アリスさん」 「はい?」  自然を装いつつも、怪しまれずにイーサの顔を見れる機会を有効に使う。  月の光を浴びて耳を少し赤くしながら星を眺めるイーサの姿は、色気があり、アリスはまたかっこいい、と思ってしまう。  しかし今回はなぜだか『羞恥』に襲われなかった。それどころか、イーサの顔をずっと眺めてしまう。 「いいことを教えてあげる」 「と、言いますと?」 「人はね、とだと余計恥ずかしいと思うらしいよ」 「……ぇ、ぁ……」  ──アリスはイーサに気付かされる。イーサに対して抱いていたその気持ちが、だということに。  アリスはイーサをじっと眺めていた顔を真っ赤に染め、すぐに振り返ってしまう。 「ね、アリスさん……」 「……は、はい……」 「僕の顔、どうなってた?」 「え、どう、って……えと……みみがあ、かく……って、え……?」 「どうにか隠してたけど、もう我慢しきれないや……」  このタイミングでイーサがそれを言う、ということは、、なのだろう。  アリスはどうしていいか分からず、ただイーサに背を向けることしかできない。 「……アリスさん」  いつも優しく語りかけてくれたその声には、今のアリスのような恥ずかしさが込められていた。 「少し、こっち向いてくれないかな……」 「ぇ、ぁ……ぇ、と……」 「おねがい」  無理強いはしてこない。が、イーサのその甘い声はアリスを突き動かすのには十分過ぎた。  アリスは少し体をよじらせながらも、しっかりと振り返り、意図せず上目遣いになりながらも、目線も合わせる。目線までは言われなかったが、感情を取り戻したアリスは、これからのことも予測できた。 「──ずっと、好きだよ、アリス。子供の頃から、ずっと」  ──ずっと、こらえていたのだろう。イーサの目から涙がこぼれてくる。そして、イーサはアリスに優しく抱きつく。  顔が胸のあたりに当たりながら、アリスも涙が溢れてくる。そして──。 「わ、私も今わかったよ……。私もイーサさんのことが好き、だったみたい……」  ──アリスは感情を取り戻し、2人の思いは通じ合った。  しかし、2人の泣く声は嬉しさから来るものではなく、。  アリスは明日の正午に、のだから。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加