第6話「うん♡」

1/1
前へ
/6ページ
次へ

第6話「うん♡」

「アリス……本当に、どうもないのか……?」 「えぇ。なんともないです。安心してください。多分、静かに死ねますから」  そう言ってアリスは小さく笑う。1週間前の対応とは天と地ほどの差だ。  現在の時刻は午前11時50分。  後天性感情消失病(こうてんせいかんじょうしょうしつびょう)になった過去の患者はみな、成人になる誕生日の正午ちょうどに息を引き取ったらしい。  つまり、タイムリミットはあと10分、ということだ。  アリスは自身の部屋のベッドで寝かされており、その部屋の中にはこの国でソルトと関係の深い貴族が数名集まっている。  その中にはもちろん、イーサもいた。  みな、目に涙をためながらも、アリスを笑顔で見送ろうと、流さないようにこらえていた。 「お父様にお母様、貴族の皆様。そして、イーサさん」  一人ひとりに視線を送り、最後にイーサを見つめる。  イーサはただ1人、目に涙を浮かべずに優しい笑顔でアリスを見つめ返していた。昨日、イーサはもう十分以上に涙を流した。  だからこそ、アリスの最期くらいは笑顔で見送る。イーサはそういう人なのだ。  そうこうしていると、時はすぐにやってくる。 「──……もう、時間がありませんね」 「あ、あぁ……っ!」  アリスがそう言うと、ソルトが我慢していた涙を流し始める。  それにつられ、他の人達もこらえきれなくなる。  だが、アリスはイーサから学んだのだ。 「……ほんとに、ありがとねっ!」  ──最期は、笑顔で終わるものだと。  ゴーン、ゴーン、ゴーン──。  王城の時計が正午を伝える。  アリスはゆっくりと目を閉じ、その時を待つ。  目を閉じてもソルトや母親がアリスに抱きついてきたのが分かる。それに、この手を握ってくれているのは、イーサだろう。昨日、さんざん繋いだものだ。  他の貴族たちの足音が近づいてくるのも分かる。 「──……って、え……?」  その灯火が消えることは、なかった。 「あ、アリ、ス……?」  イーサも混乱しているのか、2人のときだけの呼び方をする。しかしその事が他の貴族たちの耳に入った様子はなく、困惑や心配の声でざわめいていた。 「あ、アリス……本当に、生きている、のか……? なんともないのか……?」  ソルトは涙を流しながらも困惑の表情を浮かべてアリスに尋ねる。 「う、うん……」  アリスは手足を動かしてみるが、いつも通りに動く。その様子を見て貴族は。 「「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」」  貴族たちの目から溢れる悲しみの雫は、喜びを表すモノへと変わっていた。  ◆◇◆  あの後、長い時間を掛けて王国屈指の医者たちによっての精密検査が行われた。  その結果、完治していることが分かった。  治療法不明の病の完治。しかし、その理由は推測できた。やはり、感情が戻ったことなのだろう。  そして、その日のうちに王女が生きているという大ニュースが王国内に広まった。  時は流れ、次の日の夜。何事もなければ成人になったその日の夜に予定されていたパーティーが開かれた。王国民も参加できるこの宴で、アリスと話をした者は皆涙を流したという。  そして今アリスがいるのは、2日前にも訪れた王城のテラス。もちろん、隣にはイーサがいる。 「パーティー、抜け出しちゃったね」 「国民の皆さんには申し訳ないですけど、今の私にとってはこっちのほうが大切です」  そう言って星を眺めていたアリスはイーサへ視線を向ける。同じ雰囲気を悟ったのか、イーサもアリスに体を向ける。  すると、こらえていたものが溢れるかのように涙が流れる。 「──……ほんとに、生きてて、よかった……!」 「うん……うんっ!」  悲しみの涙を流した前回とは違い、2人は笑顔で抱きつき合う。  少しの間そのまま抱き付き合い、その後顔を起こして見つめ合う。 「それじゃ、改めて。アリス、ずっと好きだったよ」 「……ん。私も、多分『イーサさんが』っていう感情を取り戻せたから生き残れたんだと思う……私も、好き……っ!」  ──月が2人を淡く照らす中、感情のこもった長い、長い口づけを交わした。 *・:..。o¢o。..:・───END───・:..。o¢o。..:・*
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加