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大学で仕様プレゼンしました
それではお姉ちゃんの仕様について一般的なアンドロイドの事情も含めてお話しします。彼女は主に中古部品を秋葉原で買い集めて組み立てた自作機ですが、ボディパーツはサンダーストーム社のAQ―一二〇シリーズ互換となっていて消耗品や交換パーツが比較的入手しやすくなっています。他の部品もメンテナンスを容易にするために比較的モジュール化が進んでいてある程度の知識があればそれなりのものを組み立てることができます。
頭部ユニット上部にはメイン記憶装置としてOSや意識・人格データなどの重要情報を含むSSDが八枚のほか、RAMが二枚、サブCPU二個を搭載したマザーボードユニットが数枚積み重ねられた状態で入っています。SSDは時間の経過とともに生活の過程で見たものや聞いたものの件数が増えるごとに定期的に増設できるようになっています。お姉ちゃんの場合、最初は4枚から始まりました。頭蓋骨で物理的に固く保護されている上に頭部ユニットの容積は口腔、鼻腔、眼球でかなりの割合を占めるので残りの体積は狭く空冷式にするのは難しいので水冷式となっています。またSSDという準消耗部品が使用されているので後頭部に蓋があって開けられるようになっています。このふたの下側のうなじにUSB端子があり充電やデータのバックアップ、OS、デバイスドライバのアップデートに使われます。これらは充電のみをするときを除きマザーボードメーカー提供のユーティリティソフトをインストールしたパソコンを介して行われます。セキュリティとプライバシー確保上の観点から無線通信機能は原則として内蔵せず、また頭部内蔵のマザーボードユニットを本人または登録者以外の第三者が着脱した場合データは自動的に暗号化されます。登山などで位置確認が必要な場合に限りUSB端子に通信機器が外付けされることになります。顔の見た目はメーカー既製品の場合は個体ごとに微妙に変えて作られているようなのですが、お姉ちゃんの場合は中古品ヘッドを入手して流用したので、人間としての彼女の3Dスキャンデータを送ってアンドロイド技工士にフェイスユニットの製作を依頼しました。フェイスユニットは金属板の上に表情筋として高分子アクチュエータを塗りその上に薄いゴム製の皮膚を被せた構造です。眼球の中央には小型レンズとCMOSイメージセンサが内蔵され左右の端は高分子アクチュエータが封入され横に動かせるようになっています。仰向けに横になって眼球の上に合成洗剤を薄めた洗浄液を垂らすと眼球横にある涙タンクに集められ定期的に疑似涙を排出して表面を洗浄できます。鼻腔は基本的には発声装置ですが、もちろん嗅覚センサーも備えています。
口腔の奥にある食道と水タンクについてです。後述する食事ユニットがない場合は水を飲んだ後そのままフィルターを通していったんタンクに集められ心臓に相当する小型ポンプで頭蓋骨上部と胴体の上半分、手足にある配管に送られ組み込まれたマザーボードや人工筋肉を冷やし、八〇度以上になった冷却水は食道のタンクにある新しい水と入れ替えに膀胱に相当する排水タンクに送られてから排せつされます。このため排せつ後すぐ、補充のための水を飲むことが推奨されています。配管にはメンテナンス時や負傷・事故時のために区画ごとに数か所の遮断弁があります。舌は発声のために組込まれており後述のように電子センサーも備えています。また歯ぎしり防止用に通称ロボガムあるいは単にガムと呼ばれているアンドロイド専用ガムがあります。軟質ゴム製で使い捨てではなく何度も使用できます。圧電素子を内蔵して舌に電流が伝わる味付きのものが主流で、お姉ちゃんはこれらをかんだことがあるのかは私にはわかりませんが、多くのアンドロイドがこれで食事の疑似体験をしています。これを応用した人間用の減塩グッズもありますが唾液で反応するように作られていて同じ味でも仕様が全く異なり、処方せんが必要で一般の人は買うことができない医療器具扱いです。
次に胴体の構造です。背骨、腰骨、肋骨などの骨格はチタンまたは炭素繊維で作られています。上腹部には肋骨、肺、マザーボード、背骨の順にパーツが配置されています。こちらのマザーボードは肺に隣接していて比較的冷却がしやすいのでメインCPU八個、GPU四個、RAM八枚、このほか補助SSDは組み立て時に十二枚が配置されています。皮膚は防水コーティングした電子センサーと厚めの炭素繊維強化ゴムで作られ、体形を形状記憶合金フレームで整えています。
肺は基本的には発声のための空気溜めで排熱機構も兼ねています。二重構造のシリコーンタンクで、中に高分子アクチュエータを封入したものまたは空気圧式人工筋肉で包んだパーツです。食道と分岐するところに飲んだ水が肺に流れないようにするための弁がありますが、万が一水などが入ったときのために下に排水口があり普段は栓で止めていますが後述する下腹部のふたを開けて栓を開けて入り込んだ水などを取り出します。声帯はお姉ちゃんの3Dスキャンデータを元にして作られたオーダーメイドです。なお、発声に影響があるため頭部を外すなど、気管を分断することはできない構造にしています。発声のための呼吸機構は元人間のアンドロイドには必須の設備となっています。詳しくは後にも述べますが、機械化を望んでいる一般の人は基本的に重い病気を抱えているのでスピーカ発声式では必須となる、辞書に掲載されている単語をすべて口にさせて録音するというのは困難で新語ができたときは音声データアップロードまでは他の単語での言い換えを強いられたりするなどの欠点があるためです。もっとも、言語聴覚士によるリハビリ期間が必要というスピーカ式にはない欠点があることは承知しています。お姉ちゃんの場合は結局私がリハビリ訓練をしました。
腕と脚は主にボールジョイント、腕の骨と高分子アクチュエータ式、形状記憶合金式または空気圧式人工筋肉の組み合わせからできています。前者二つを圧電式アーム、後者を空気式アームと呼んでいます。CPU、RAM、GPUなどのマザーボード上のパーツとともにQOLに最も影響するユニットです。ということで、特に腕は、時代が下るほど器用に動かせるようになってきているので、できれば最新型を組み込みたいところです。摩耗によって特に指に使う小型ボールジョイントなどの関節部品が劣化するため準消耗部品となっていてメジャーモデル互換品は電気街、家電量販店、ネット通販で容易に買うことができます。同一個体での圧電式と空気式の混在は動作不良を起こすので多くのお店では両タイプが売られています。私がお姉ちゃんのために買って取り付けた上級モデルは高分子アクチュエータで動き、炭素繊維製の上腕骨にリチウムイオン電池が内蔵されています。また人間向けに義手・義足として使用する構造がほぼ同じ派生タイプもあります。こちらは物の性質上全モデルに電池が内蔵し、アンドロイド用にはないUSB充電端子があります。
疑似消化器、通称食事ユニットは、小型焼却炉と発電機を耐火断熱材で包んだものです。灰は管を通って肛門から排出されます。本ユニットがない場合は肛門はそう見えるだけのダミーで穴はありません。取り付けられた場合食道はさらに分岐し弁が付きます。食事前にまず疑似唾液を口にスプレーで吹きかけてからものを食べ、食べ終わった後は洗浄液でうがいをした後、数分間口を開けて発電機から出た蒸気や焼却炉から出た煙を出します。これもQOLに影響するパーツですが技術的開発途上で構造的にかなり無理があって普及率の低いオプションパーツにとどまっていて、彼女に導入が断られて本音ではホッとしています。なお、自分の体をあえて機械化したいという人はごく少なく、生まれつき病弱とか難病を患ってしまったり神経麻痺で体が動かせないなどという場合を除いてほぼいないというのはこれが大きな理由になっています。
腰骨の上にはリチウムイオン電池が内蔵され、下腹部の容積のほとんどを占めています。へそを中心とした位置にふたがあり電池の他に肺と背骨の間にあるマザーボードなどの交換ができるようになっています。メカスジ配置の「乱用」は電子部品浸水防止の観点からなるべく避けるようにしていてメンテナンス用の開口部はここを含む2か所のみです。他のメカスジも腕と脚と胴体の接合部分計四か所のみです。
また、既製品やBTO製品には業界団体による自主規制があって同一個体に複数の人格をインストールすることやそれができるような構造に設計することのほか、婚姻届受理証明書またはパートナーシップ証明書の提示がない場合の性接触ユニット装備が禁じられています。お姉ちゃんは対象外の個人制作機ですが私もそれに従いました。
私は技術でお姉ちゃんを取り戻すことができました。これからもっと彼女との思い出を長年に渡ってつむいでいきたいと思います。
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