第2章 土産話、そして

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第2章 土産話、そして

 その2週間後、私は退勤後の夕方、会社近くにある昭和臭でムンムンしている昔ながらの喫茶店で彼女と再会しました。 「愛香(まなか)さんこんにちはー」 入り口に彼女に呼び止められて中に入りました。 彼女から、 「あんたの好きそうなもの買ってきたわ」 と私に紙袋を渡されました。中を開けてみるとマーケットスパイスの紅茶パックとスターバックス1号店タンブラー、そしてスペースニードルのマグネットが入っていました。わたしは、ボリュームたっぷりのお土産を目にして彼女に笑顔で言いました。 「ありがとう!このマグネットかわいい!」 「こちらこそ。今回の件ではあんたに甘えた結果になって相当迷惑をかけたのでそのお礼にね」  そして彼女はメロンフロート、私はアイスレモンティーを注文しました。彼女はシアトルでの思い出話を語りました。話の内容が成田空港についた頃、私は 「だいぶたったけど娘さんの話をもう少しお願いします」 と、切り出しました。彼女は語り始めました。 「重くなる話だけどいい?」 彼女は私にきくと、 「もちろんいいよ、覚悟はできているしいつかは知らなければいけないから」 と言いました。彼女は話を続けました。 「えみりは母と一緒に横断歩道を渡っていたのですがそのときに信号無視の車が突っ込んできたわ。その時は会社を当時最もマネージメントが得意だった部下に即任せて病院に急いだわ。母はなんとか助かったのですが、えみりはその時首の骨が折れていてもう……」 彼女の目には涙があふれていました。  一呼吸した後彼女は話を続けました。 「そのときはアンディがアメリカに里帰りしていて葬式自体一ヶ月待ってもらったのよ」 「当日、彼もわたしもチャペルではさんざん涙を流して涙が枯れたわ」 「その時はなんでそんなに遅かったんだろうと思っていたけどそういうことだったんですね……」 「式場の担当エンバーマーさんに最終的には海外に連れていくみたいだから保存液を薄めないで原液のまま使うので肌の感じがゴムのような作り物っぽくなるけど、と言われたけどそれは覚悟していたわ。そして数日後どうしてもえみりと別れたくないと思って職場の執務室にずっと一緒にいるつもりでもう一回保存液入れてと言ったら、彼女は建前上何日と公称しているけどお嬢さんの場合は原液使っているので10年くらいだったら大丈夫ですよと言われたわ。式が終わって、えみりを式の間寝かせて入れていた箱から出した後車に乗せて、あの部屋に連れて行って制服みたいなブレザーを着せた後、『えみり、そろそろ起きる時間よ』と言いながら座らせて目を開けて元々の目の色と同じエメラルド色のコンタクトレンズを入れたわ。その後アンディを呼んで何年かぶりの家族写真を撮ったわ。なんでブレザーを着せたかというのは中学校に行きたくても行けなかったからね。あと、いすの横に紙袋が置いてあるけどそこにえみりが好きな漫画やぬいぐるみを入れてあるわ」 「どうやって揺れたときでも動かないようにしているんですか?」 「ワイシャツの背中のところとかに機密情報保護のためうちで潰したハードディスクから取り出したネオジム磁石を縫い付けてあるわ。あと、靴底につけたり、磁石付きの指輪を作って手が動かないようにしたり。磁石はいくらでも手に入るから」 これを聞いてうちはさすがIT企業……と言いかけて言葉を飲み込みました。話は続きます。 「それでどうしてえみりさんを仕事場にいさせるんですか?」 「その頃は家に帰れない日が多かったのよ。ひどいときはあの部屋にベッドを持ち込んでいたわ。アンディも帰りが遅くて家には誰もいない時間のほうが多かったわ。最近優秀な部下もいい感じに育ってきて少しはマシになって落ち着いてきたわ。技術担当もマネージメント担当も。それでもまだ重要なプロジェクトを抱えて帰れない日があるわ。そしていつか上場するか事業譲渡できてわたしがもう少し長く家にいれるようになったら連れて帰るつもりよ」 「そしてえみりの『養育費』と『留学費用』をわたしが使うのとは別の口座でS&P500インデックスファンドを積み立てて貯めているわ。うちは無借金経営だけど万が一に備えて」 「その『養育費』とか『留学費用』ってどういう意味ですか?」 「『養育費』というのは定期的にエンバーマーさんに状態を見てもらう費用で、『留学費用』というのはわたしにもしものことがあったり年を取って福祉施設に入って一緒にいられなくなったときのためにアンディの実家近くに用意したファミリー・マゾリアムまで連れて行ってそこに入れる費用のことよ。わたしは普段えみりについて言うときはそんな感じで子育て世代に馴染みのある一般的な単語に置き換えて言うのよ。ああいう用語を直接口にするだけで涙が出てくるわ」 「で、その『ファミリー・マゾリアム』ってなんですか?」 「マゾリアムというのは、建物の中にコインロッカーのようなスペースが用意してあってそこに棺桶を入れるお墓の一種で、普通は巨大でそのスペースがたくさんあるマンションのようなタイプが主流だけどファミリー・マゾリアムというのは個人や家族単位の小規模なもので言うならば一戸建て」 「なるほど。結構なプライベートでセンシティブな話をしてくれてありがとう」 「わたしも愛香さんにはあれからずっといつか話さなければいけないと思っていて、ちょうどよかったわ」  私は、店を出て彼女と分かれて帰宅するため近くの地下鉄の駅から電車に乗りました。手元のスマホで乗換案内を見ると自宅最寄り駅までのそれは残りあと2本でした。
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