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◇
「翔、どうかした?」
電車で隣に座る天音が心配そうに聞いてくる。天音の顔を見ると翔の内でまた嫉妬が沸き上がる。
「翔?」
天音と繋いだ手をぐっと握る。今、天音が翔の隣にいる。それでいいじゃないかと思うのに、過去の天音を手に入れたくなる。天音を知る男達から天音に関する記憶を消し去りたい。そんな事不可能なのに、そんな考えが浮かんだ。
天音を見ると心配そうに翔を見つめている。その瞳に翔以外が映っていた。翔の身代わりを見つめていた時が確かにある。それが更に炎の勢いを増させる。
「…天音、…」
「ん?」
「好き…」
どんな天音も天音で、全てを受け入れているつもりだったのに。どこかにしこりがあったのか。天音の全てが欲しくて、天音を誰の目にも触れさせたくない。翔だけの場所に閉じ込めて、翔以外を見つめる事がないようにしたい。
「うん…俺も翔の事、好き」
はっとする。嫉妬の渦に呑み込まれて危険な事を考えていた。今とこれからの天音は翔だけのもの。…それでいいじゃないか。そう自分を無理矢理納得させた。
◇
自宅の最寄り駅から手を繋いで天音の家まで歩く。最初のほうは天音が話しかけてくれていたけれど、翔の様子がおかしい事に気づいたのか、徐々に言葉が減り、無言になった。
翔の心を支配する嫉妬。一度鎮まった炎が再び燃え盛り始め、それに灼かれて翔は口が開けない。
「翔、寄って行って」
「なんで…?」
「いいから」
天音の家の前に着くと天音は翔の手を強く引いた。正直なところ今日は自室にこもりたい気分だったけれど断り切れずそのまま天音の部屋に上がった。
「小母さんは?」
「わかんないけどいないみたい」
「そう…」
天音が温かい紅茶を淹れてきてくれる。気を遣わせてると思うと心が苦しくなる。もう一度炎の鎮火を試みるがなかなかうまくいかない。
「翔、なんかあったでしょ?」
「…なんもないよ」
「俺には言いたくない?」
「……」
心の内を見透かそうとするようなまっすぐな視線。思わず目を逸らすと沈黙に包まれる。天音が翔の手に触れる。翔はそれをすっと避けた。
「……俺の事、嫌?」
「天音を嫌になれるわけない」
どうやったって嫌になれない。こんなに好きなのに。好きなのに、嫉妬で灼かれる心は天音をめちゃくちゃにしてしまいたい欲求でいっぱいになる。
過去の全ての男を忘れさせたい。そんな記憶も経験も、無理矢理にでも消し去らせたい。
「じゃあいい」
「天音?」
「翔が話したくなったら話して。ずっと話したくならなかったらずっと話さなくていい」
無理矢理笑って見せる天音が寂しそうで、思わず抱き締めてしまう。“今の天音”を全然大切にできていない。その事に気づかされた。
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