君だけが好き

1/7
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

君だけが好き

 綺麗な瞳だな、と初めて会った時に思った。真っ黒い瞳はキラキラしていて宝石のように見えた。家で自分の瞳を鏡で見てみても茶色がかっていて、あの真っ黒な瞳とは違った。教科書で黒曜石の写真を見て、そっくりだと思った。 その黒曜石の瞳が色々なものを映すのをそばで見てきた。時には喧嘩もしたけれど、嫌いになった事は一度もない。 いつでも(かける)の一番は天音(あまね)だった。 ◇  翔が初めて天音に出会ったのは小学校二年生の時。引っ越してきたばかりの翔の佐山家のすぐ近くに天音の神木家があり、同じ小学校で同じ学年という事でしばらく学校まで連れて行ってもらっていた。綺麗な瞳の男の子は屈託なく笑い、翔の心を惹きつけて止まなかった。クラスも同じだったので、翔が小学校までの道のりに慣れてからも一緒に登校して、帰りも一緒に帰り、宿題も一緒にやった。毎日毎日理由がなくても一緒にいた。  天音を好きなんだとはっきり理解したのは小学校五年生の時。それまでは友達として好きなんだとずっと思っていた。けれど徐々に膨らむ想いは明らかに友達に向けるものとは違っていった。男同士だから付き合う事はできないと思い、気持ちを隠してそばにいたけれど、それだけでも幸せで、満足だった。…高校に進学するまでは。  天音が男相手なら誰にでも抱かれているという噂を聞いたのは高校一年の夏。同じ高校に進み、同じクラスになった。右斜め前の席に座る天音をひたすら眺め続けた。好きだけれど伝えられない。いつか天音は翔ではない異性を好きになり、翔から離れていく。だから一緒にいられる間はずっと天音を見ていたい。そう願っていた。そんな翔に聞こえた噂ははっきり言って嬉しいものだった。天音の恋愛対象は男かもしれない。という事は翔にもチャンスはある。希望の見えなかったところに光が差した。だが。 「翔はだめ」  好きだと言った翔に対する天音の答え。無理じゃなくて、だめ。理由を聞いても答えてくれない。高校一年の秋の事。 ◇ 「翔、また同じクラスだって」 「そっか」 「知らないやつばっかだったらどうしようかと思ったんだけど、翔がいたら大丈夫だからよかった」 「“知らないやつ”なんて少ないだろ、天音は」 「まーね」  トゲのある言い方になってしまったと反省するが、なんでもない事のように笑う天音は翔の告白の後からも態度を全く変えない。翔がいれば安心、翔がいれば大丈夫。そんな甘い言葉を平気で言い放つ。その度に翔は胸が張り裂けそうになるが、天音にそう言ってもらえる事の嬉しさはその痛みとは比べ物にならないほど大きいものだった。だめと言われても翔は天音が好きで、だめと言われたくらいで他の誰かを好きになるなんてできなかった。 ただ天音を見つめ続ける日々。放課後に誰かに抱かれに行く天音を見送る。  どうして自分はだめなのか、翔は何度も天音に聞いたが答えは得られなかった。ごまかされもせず、ただ、だめなものはだめ、とだけ言われる。それ以外の質問にはなんでも答えてくれる。なんで男に抱かれるのか。気持ちいいから。天音はゲイなのか。わからない。どうしてひとりに決めないのか。楽だから。どうやって男を選んでるのか。最初は暇そうな男子を誘っていたけれど、今は誘ってくる相手の誘いにのってる。なんで俺はだめなのか。だめだから。答えて欲しい質問には一度も答えてくれない。  嫌いになれたらいいのに。嫌いになれたら楽なのに、翔には天音以外を好きになるという選択肢がない。嫌いになってもきっと天音を見続ける自分がわかるから、翔は気持ちを捨てない…捨てたくない。  天音だけが好きだ。だから気持ちを受け入れて欲しい。天音を抱き締めたい。天音と心を交わらせたい。天音が好きで好きで、他の男に抱かれに行く背中を見送る度に翔は心が焼かれる。それでも一瞬でも長く天音を見ていたいから翔は目を逸らさない。翔自身の気持ちからも、目を逸らさない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!