苦しいくらいきみが好き

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―――『介、好きだよ…』 「!!」 慌てて直生の胸を押して腕の中から逃れる。 そのまま部屋を出て階段を駆け下り、村原家を後にする。 直生が俺の名前を呼んでいたけれど振り返れなかった。 家に入って自室に駆け込み、ドアを閉める。 息を整えながらベッドに横になった。 「……」 『俺は本気で介が好き』 『介、好きだよ…』 絶対聞き間違えない、少しも似ていない声が頭の中で重なってくらくらする。 「だめだ…」 絶対だめだ。 理人はもう絶対に俺を選ばない。 だからと言って直生を理人の代わりにするなんてなにがあってもだめ。 「……」 理人が中三で俺が中一の時、一度だけ俺達は関係を持った。 両親は不在で、俺は部屋で昼寝をしていた。 理人はたぶん部屋で勉強をしていたんだと思う…受験生だったし。 確かな事はわからないけど。 暑かったので俺は薄着で寝ていて、タオルケットもかけていなかったのを覚えている。 肌に生温かいなにかが触れるのを感じて目を覚ますと、それは理人の舌。 驚きよりも興奮のほうが大きくて、俺はそっと理人の髪に指をさし入れた。 理人になにがあったのかなんて全くわからなかったけど、それでも俺を求めてくれている事実に胸が高鳴り、全身が熱く燃えるようだった。 全ての刺激が気持ちよくて、俺が反応する場所の全てを唾液でどろどろに濡らされる。 俺は自ら理人に暴かれる事を望み、足を開いた。 滑り込む熱と、身体にかかる理人の重み。 『介、好きだよ…』 熱い囁き、甘い声。 奥に注がれた理人の欲望の熱さにココロとカラダが悦び、震えた。 『好きだよ…介、…介、好き…』 理人はずっと俺を抱き締めてくれた。 俺も理人を抱き締めた。 汗でべったりくっつく肌が、ふたりをひとつにしてくれそうで嬉しかった。 このまま世界が滅んでしまってもいいと思ったほどの幸せ。 でも、消えたのは“理人”だった。 翌朝、顔を見るのにどきどきする俺に対して理人は冷たい視線を送った。 これまで見た事ない温度のない瞳。 『…理人?』 俺の呼びかけに理人は大きく溜め息を吐いた。 『間違えた』 足元が崩れていくのってこんな感じかなって思った。 間違えたってなにが? なにを間違えたの? 固まる俺の耳元に理人が顔を寄せる。 『…あれは間違いだ』 鼓膜が溶けた甘い囁きと正反対の冷たい声。 暑さのせいじゃなく眩暈がした。 「……」 一体なんだったんだろう。 俺は聞けなかったし聞きたくなかった。 怖かったから。 あれ以上の拒絶に心が耐えられると思えなかった。 あの夏の日を思い出すと今でも身体が熱くなる。 理人はもう忘れて、他の男を抱いているって言うのに。 理人の恋愛対象が男なら、俺でもいいじゃないか。 遊ばれたって構わない。 やっぱり同じ家の中にいてそういう関係は気まずいのだろうか。 俺だって隠し通せると思うし、あの時の事だって両親には全くバレてないんだから…大丈夫なのに、それなのに…。 『俺は本気で介が好き』 こんな俺なんか、だめだよ…直生。
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